表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界タービン  作者: SD2
本編
26/26

第二十五話 ご安全に、タービン点検

 早朝の冷気が頬を刺す。

村の入り口には荷車が二台、工具箱と替えのベアリング、潤滑油のボトル、雑具一式が積まれていた。

私は点呼票を手に、一人ずつ顔を確かめる。

今日はサキュバスタービンの定期点検だ。

道具運びと補助を務める村人の作業員が数名、そして護衛としてガラムがつく。


 藤野「それじゃあ、出発前の点呼を始めます。工具、消耗品、予備部材、救急箱――確認できたら挙手」


 作業員1「工具よし、消耗品よし!」


 作業員2「予備部材よし、救急箱よし!」


 ガラム「護衛、準備完了だ」


 藤野「よし。徒歩で遺跡まで。途中、危険があればすぐ報告。では、出発」


 私も作業員達も遺跡には何回か点検行っているのもあり、道中は特に何もなく進んで行った。

アンデットを警戒していたが、まだ数が少ないのもあってか見かけることは無かった。


 集合場所に着くと、木の影から作業着を着たローレスがひらりと現れた。


 ローレス「いらっしゃい、ダーリン!」


 藤野「……こんにちは、ローレスさん」


作業員たちが互いに肘でつつき合い、そわそわしだす。

私は苦笑し、ガラムを見る。


 ガラム「……こほん」


低い咳払いひとつで場が締まった。


ローレスが遺跡にかけられた幻惑魔法を解除し、

サキュバスタービンのある場所まで進んでいく。


私も作業員達は遺跡の幻惑魔法を何回か見てきてはいたが、やはり目の当たりにすると凄いものだ。


 遺跡の中に入り、現場に到着すると、作業着姿のリージェンが待っていた。


 リージェン「お早うございます、藤野氏。今回もよろしくお願いいたします」


 藤野「おはようございます、よろしくお願いします。

では皆さん、作業前の点呼を始めましょう!」


定期的に行っている点検ではあるが、手順の確認の意味も込めて説明を行う。

そして、作業をする上での注意事項などを確認する。


 藤野「では構えてください。今日も安全作業で頑張ろう!」


 全員「「おう! ご安全に!」」


まず稼働状況の確認。回転の脈動は小さく、音も滑らか。各部温度は、手を当てて異常な発熱がないかを見る。次に継手とボルトの緩みを確認し、外装の傷を点検。最後に回転部を止め、軸受のベアリング交換へ移る。


 藤野「ベアリングの質が良くなりましたね。

精度と耐久が上がって、初期は一週間もたなかったものが、今では三か月以上もちます」


 リージェン「定期的に油も挿していますし、交換の手間が減るのは助かりますね」


 作業員1「ああ、ウチの鍛冶屋達も腕を上げたもんだな」


 私たちは丁寧に軸を持ち上げ、ベアリングを入れ替える。薄くなじませた油が光り、座面と芯がわずかに吸い付く感触を返す。組み直し、軽く手で回すと、再び安定した回転へ戻っていく。


 藤野「運転に問題無さそうですね!皆さん、お疲れ様でした!」


 ローレス「みんな、お疲れさま。差し入れよ」


 ローレスと数人のサキュバスが、花の蜜を溶かした甘い飲み物を持ってきた。

ほのかな香りが喉を潤す。


 作業員2「うめえ……。疲れが抜ける気がする」


 ガラム「気のせいでも、士気が上がるなら良い飲み物だ」


 藤野「点検項目、すべて良好。記録をまとめて異常なし

――本日の作業、終了です。ご協力ありがとうございました」


 リージェン「ありがとうございました。また次の点検で」


 帰路。遺跡から村へ向かう森の道を抜けていると、藪の影から骨の軋む音がした。白いものがぬっと立ち上がる。錆びた短剣を握ったスケルトンが一体、こちらへよろめき寄ってくる。


 作業員3「ひっ……!」


 ガラム「下がれ」


 ガラムは無駄のない動きで一歩踏み込み、骨の手首を弾き上げ、返す刃で首のつなぎ目を叩いた。砕けた頭骨が草むらへ転がる。残りの骨も、二度三度の打撃であっけなく沈黙した。


 ガラム「一体だけなら、物音に寄ってくる野犬より楽だ」


 藤野「助かりました。皆さん、怪我はありませんね。この先も注意しながら戻りましょう」


 作業員1「お、おう!」


 夕日が山端へ沈むころ、私たちはアーゼ村へ戻った。解散ののち、私は夕食をとり、ひと息つく間もなく作業小屋に灯を入れる。今日の点検のフィードバックを図面に反映し、予備ベアリングの公差と油の配合比に赤を入れていく。


 日が落ちて間もなく、扉が叩かれた。


 リア「藤野さん、起きてますか?」


 藤野「はい。どうぞ」


リアはわずかに不安げな眼つきで顔を覗かせる。


 リア「遺跡からの帰り、大丈夫でした? アンデッドとも遭遇したと聞きましたよ…」


 藤野「ご心配なく。帰り道でスケルトンを一体だけ見ましたが、ガラムさんがすぐに対処してくれました」


 リア「よかった……。本当に、気をつけてくださいね」


彼女が胸に手を当て、ほっと息をついた、そのときだ。


 ローレス「お邪魔しまーす、ダーリン」


 藤野「え? ローレスさん?」


ローレスが窓から入ってきた。

長い棒を一本、肩に担いでいる。

先端が曲がった、手製のバールだ。


 ローレス「作業員の人が置き忘れていったの。……ええと、バールって言ったかしら」


 藤野「ああ、助かります。預かっておきますね」


 リアは露出の高い衣装を身に纏ったローレスを前に、わずかに身を固くした。

そして、私の腕にすっと手を回し、そっとしがみつく。

視線は警戒の色を帯びている。


 ローレス「あらあら……可愛い番犬さん。

ねえ、ダーリン。あなたを攫ってしまいたいけれど、今日は我慢してあげる。

だって、恋のライバルさんが見てるもの」


 リア「……!!」


 ローレスは唇の端を上げ、いたずらっぽく片手をひらひらと振った。


 ローレス「それじゃあ、またね。夜更かしはほどほどに、ダーリン」


 軽やかに踵を返し、ローレスは夜気の中へ消えていった。


 リア「……ああいう人が、好みなんですか?」


 藤野「え、えっと……確かに美しい方ですけど、そういうわけじゃないですよ。そもそも、ローレスさんは人間じゃありませんし……」


 リア「ふーん……」


 頬をふくらませたまま、リアはしばらく私の腕にしがみついて離れなかった。私は宥めるように近況を話し、点検のこと、森の様子、これからの作業予定をゆっくりと説明する。


 藤野「大丈夫です。無茶はしません。何かあれば、ちゃんと相談しますから」


 リア「……約束ですよ」


 やがてリアの肩の力が抜け、表情から警戒がほどけた。


 リア「それじゃ、帰ります。遅くにごめんなさい。おやすみなさい、藤野さん」


 藤野「おやすみなさい、リアさん。来てくれてありがとうございます」


 扉が静かに閉じ、作業小屋にふたたび工具の匂いと紙擦れの音だけが戻る。私は深呼吸をひとつして、手元の図面に視線を落とした。



 翌日から、私は“次の段階”に取りかかった。

山の発電所計画へ向け、交流の設備を本格化させる。

遠くへ電気を無駄なく送るには、村で使っていたやり方より一段階、背伸びが必要だ。



 ――そして、開発に取り組んでから約二か月。

私は小さな発電機、長距離送電向けに張り替える電線、交流モーター、そして換気用の新しいファンを仕上げた。

半月の試運転で、どれも問題なく動くことを確かめる。


 新しい換気ファンは、見た目が“カタツムリの殻”に似ている。

丸い殻みたいな箱の真ん中から空気を吸い込み、中にある羽根がくるくる回ると、空気は遠心力によって外側へ押しやられて勢いよく出口から吹き出す。

扇風機のような形だと、広い部屋で風を起こすのは得意でも、長い通路へ空気を押し込むのは苦手だった。

だがこの“遠心ファン”は、狭い道――ダクトへ押し込むのがうまい。

坑道の奥へ風を届けるなら、こちらが良い。


 送電は三本の線で運ぶ。三つの“ゆれ”が順番に力を出し合うので、回す道具にとっては、こつこつ押されるのではなく、ずっと滑らかに押され続ける感じになる。だから同じ大きさでも、ぐっと頼りが増える。

村の作業小屋では、この三本で小さな作業用モーターを回し、上記のファンを直結して試した。紙片が真っすぐ吸い込まれ、長い筒の出口から勢いよく吐き出される。私は流量の目安を板の振れで測り、記録に〇印を重ねた。


 電線は、山の寒さと湿りに負けぬよう、外皮に樹脂を染ませた布を巻いた。支柱の間隔、地面に電気が逃げないように絶縁の処理、張力の調整――図面に記したとおりに並べれば、風に鳴きづらく、雪にも耐えるはずだ。もちろん、運ぶ前に村で巻取りや接続の手順を何度も繰り返し、手の順番を身体に覚えさせた。


 私は机に地図を広げ、山岳部への設置計画を書き込む。発電所候補地へ運ぶ道筋、勾配のきつい箇所には滑車を置き、丸太の道板を前後で回す段取り。人足の交代、宿営地点、食料品の補給。作業の合間には、結界と見張りをどう張るか、夜の通し番を誰にするか――細かい欄が真っ黒になるまで書き込んだ。


 藤野「……ふう。書けば書くほど、荷が増える」


 窓の外では、乾季の名残りの風が、畑の若芽をゆらしていた。道具の山に目をやると、巻かれた電線の輪、油に浸した布、木箱に収まったベアリング――どれも重く、どれも欠かせない。


 藤野「まだまだ、長丁場になりそうだ」


 独り言が小屋の梁に吸い込まれる。だが、道筋は見えた。

私は炭筆の先を削り直し、計画表の余白にもう一行、作業順を足した。目的地は遠い。

だからこそ、一歩ずつ、確かに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ