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異世界タービン  作者: SD2
本編
21/26

第二十話 魔導士と電気技師

 商会での交渉を終え、外へ出た瞬間、私は大きく息を吐いた。

重苦しいやり取りの緊張から解放され、空がやけに高く見える。


 ガラム「お前さん、よくやったな」


隣でガラムが笑う。その顔は、戦場を潜り抜けてきた兵士らしい落ち着きを湛えていた。


 藤野「……ええ。けれど、帰りの馬車は明日にならないと出ないそうです」


 ガラム「それなら一泊だな」


ガラムが呟くと、ゼンダンが口を開いた。


 ゼンダン「それでしたら、私の家にお泊まりになるとよろしいでしょう。

客人を迎えるには少々手狭ですが……魔法についてもお話しできるかと存じます」


 藤野「え、良いんですか?」


 ゼンダン「ええ。藤野氏にとっても無駄にはならぬはずです。どうか遠慮なさらず」


 藤野「ありがとうございます!」


こうして私たちは、ゼンダンの家へと足を運ぶことになった。



 王都の大通りから少し外れた路地を進むと、古びた石造りの家が見えてきた。

外観は質素だが、扉を開けると空気が変わる。


壁一面に古い本が詰め込まれた本棚。

机の上には半ば分解された魔道具や、魔石の欠片。

棚からは薬草の匂いが漂い、床には魔法陣を描いた羊皮紙が散らばっていた。


 藤野「……すごいですね。まるで研究所みたいな……」


 ゼンダン「研究所に住んでいる、と申した方が正確かもしれませんな」


ゼンダンは穏やかに笑い、椅子をすすめた。


 ガラム「しかし、すげえ量の本だな。村にゃこんなもん一冊もなかったぜ」


 ゼンダン「ええ。私がこれまで収集してきた知識です。

もっとも、埃を被っているものも少なくはありませんが」


彼は苦笑しながら机の引き出しを開けた。その中には、年季の入った木製の杖が一本しまわれている。

小さな手に合わせて削られたのだろう、短くて使い込まれた跡が残っていた。


 藤野「これは……?」


 ゼンダン「子供の頃に師より与えられた杖です。まだ駆け出しの頃の話でしてな」


ゼンダンは椅子に腰を下ろし、懐かしそうに目を細めた。


 ゼンダン「私が初めて魔法に触れたのは六つの頃でした。

炎を灯すだけの初歩の術ではありましたが……あの時は嬉しくてたまりませんでした。

師は根気強く、私を導いてくださったのです」


 幼いゼンダンは、分厚い本を抱えても文字の意味が分からず、

呪文を真似れば爆発を起こし、腕を火傷することもあった。

それでも諦めず、魔法を学び続けた。


私はその語りに耳を傾けながら、自分が子供のころに電気に夢中になった記憶を思い出していた。

懐中電灯を分解し、電池を繋ぎ直しては点灯させて遊んでいたあの日々――。

理科の授業で電磁石モーターやラジオの工作キットを作った時も、周りより早く完成させ、他の人の手助けまでしていた。


 藤野(……似ているな。魔法に魅せられたゼンダンさんと、電気に心を奪われた昔の自分は)


思わず小さな笑みがこぼれ、胸の奥で妙な親近感を覚えた。


 ゼンダン「ある日、庭先で魔法の練習をしていた折、頭上から女性の声が聞こえてきました。

そして見上げると、一人のサキュバスが居たのです」


 藤野「それがリージェンさんだったんですか」


 ゼンダン「ええ。彼女は不思議な存在でした。

時に誘惑され、幼いながらについ流されてしまうこともありましたが……

それ以上に、とても優しく接してくださった。

傷を負えば薬草を煎じ、読み解けぬ本の意味を噛み砕いて教えてくださった。

私にとっては、母のようでもあり、姉のようでもあり――初恋の相手のようなものでした。」


 藤野(やっぱり……ゼンダンさんも、リージェンさんに助けられていたんだな)


やがてゼンダンは机の引き出しから、古びた布を取り出した。

色あせてはいるが、丁寧に畳まれている。


 藤野「それは?」


 ゼンダン「……昔、リージェン殿からいただいたものです。

しかし月日が経つにつれ、自然と会うことも少なくなっていきました。

気づけば互いに顔を合わせることもなくなり、青年になる頃には言葉を交わす機会もなくなっていたのです。

寂しさはありましたが、それもまた自然なこととして受け入れておりました」


ゼンダンは布をそっと棚に戻した。

言葉にはしないが、その仕草はどこか名残惜しげであった。


私の頭に、キースと接するリージェンの姿がよぎる。

あの時も、子供に向ける眼差しは優しかった。


少し距離が近すぎるような気もしたが……………………



 ゼンダンの話は、やがて魔法の歴史へと広がっていった。


書棚から古びた本を一冊取り出し、ぱらぱらと頁をめくりながら語り出す。


 ゼンダン「魔法はこの世界の文明と共に歩んでまいりました。

最古の記録では、魔法は神より与えられた奇跡とされ、選ばれし血統のみが扱えるものと信じられていたのです――――」


 時代が進むと、魔法は王族や貴族の権威を支える手段となり、戦の道具としても用いられた。

火を生み、風を操り、時には雷や大地そのものを動かす術は、まさに“支配の象徴”だった。


やがて知識が蓄積され、魔道具が生まれる。

それにより庶民でも限られた範囲で光や火を扱えるようになったが……

それはあくまで血統を持つ者たちが与える“施し”に過ぎなかった。


 ゼンダン「――――こうして、魔法は一部の者が握る力であり、支配と差別の根幹となってきた。

というわけです」


彼の指が本の古びた文字をなぞり、静かな声でそう締めくくられた。


 ゼンダン「藤野氏は電気という新しい技術を持ち込まれました。

ですが、ご理解いただきたいのは、この世界において“力”を扱うのは常に魔法であったということです」


 藤野「………………」


 ゼンダン「大昔、魔法は一部の血筋にしか扱えませんでした。

王や貴族はそれを誇り、庶民はただ敬うしかなかった。

やがて魔道具が作られ、庶民も光や火を少しだけ使えるようになりましたが……

それでも魔法の本質は“選ばれし者の特権”のままなのです」


 藤野「……なるほど」


 ゼンダン「だからこそ、藤野氏の技術は異質なのです」


 藤野「異質?」


 ゼンダン「誰でも扱える。努力や血筋を問わぬ。

それはこの世界の価値観を根底から揺るがすことでしょう」


ゼンダンの声には、驚きと同時に僅かな羨望が滲んでいた。


 私は少し考え込み、それから口を開いた。


 藤野「……確かに、電気は誰でも扱える力です。ですが、その分、基盤を整えなければならない。

街に灯りを行き渡らせるには線を張り巡らし、発電する仕組みを維持しなければなりません。

魔法のように“一人がその場で使える力”とは違うんです」


そう言って私は、感電の危険性にも触れた。電気は便利だが、使い方を誤れば命を奪う。

だが、その危険を理解し、秩序をもって運用すれば、魔法以上に人々の暮らしを豊かにできる。


さらに、この世界に来る前に学んだ電気の歴史をかいつまんで語った。

稲妻を観測するところから始まり、雷の力を小さく瓶に閉じ込める実験、

やがて発電機や電灯が生まれ、人々の生活が夜を克服していったことを。


ゼンダンは腕を組み、真剣な眼差しで私の言葉を追っていた。

その横でガラムが大きなあくびを噛み殺し、やがて椅子にもたれかかる。


 ゼンダン「……ふむ、やはり彼には退屈な話かもしれませぬな」


彼は苦笑し、立ち上がるとガラムを支えて寝室へと案内していった。

私も思わず笑みを漏らしながら、その背を見送った。


 しばらくして戻ってきたゼンダンは、再び椅子に腰を下ろす。

そして真顔に戻り、私に視線を向けた。


 ゼンダン「続きをお聞かせ願えますか」


私は頷き、残りの知識や経験をできるだけ丁寧に語り継いだ。


 夜も更け、ランプの灯りが書斎を照らす中、私はひたすらゼンダンとの対話を続けていた。


静かにランプの火が揺れる。

ゼンダンは机に手を置き、目を閉じた。

そして、小さく笑いながら切り出した。


 ゼンダン「……もう夜も遅い。今宵はここまでにしておきましょう」


私もまだ話を続けたい気持ちがあったが、互いに疲労が顔に出ていた。


 藤野「そうしましょう。随分と長いこと話してしまいましたね」


私も同意し、名残惜しく思いながらも立ち上がった。


ゼンダンも立ち上がり、廊下のランプを手に取ると、私を先導して歩き出した。

石造りの壁に灯りの影が揺れ、床板がきしむ音が静寂に響く。


 奥の部屋に入ると、簡素な寝台と木の机が置かれた客間が用意されていた。


 ゼンダン「こちらをお使いになるとよろしいでしょう」


ゼンダンは寝台に敷かれた布を軽く整えながら、柔らかく告げる。


 藤野「ありがとうございます。おやすみなさい」


私は深々と頭を下げ、礼を述べた。


 こうして一日が終わる。

寝床に入った私は石造りの天井を見上げながら、目を閉じた。

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