第十八話 失敗は良き出会いのもと
ガラム「……取り合ってもらえなかったな……」
藤野「ええ……見事に門前払いでしたね……」
王都に到着した翌朝、ガラムと二人でヘイルーツ商会の門を叩いた。
私は資料を広げ、発電や照明の仕組みを懸命に説いたが、受付の若い事務員には理解されることもなく、興味を持たれることもなかった。
むしろ『妙な村人の戯言』として軽く笑われ、取り次ぎすら拒まれてしまった。
そして昼時。
昼下がりの陽が差し込む食堂の窓際席。
二人で、深い皿に盛られたスープに匙を落としながら、先ほどの惨憺たる結果を反芻していた。
王都の大通りに面したこの店は、木造の梁に布飾りを吊り下げた、どこか異国風の雰囲気を醸し出している。料理の香辛料が鼻をくすぐり、隣の席からは商人風の男たちの笑い声が絶え間なく響いてくる。
匙を口に運ぶと、大粒の穀物がとろりと溶けかけ、肉から染み出した脂と混じって濃厚な旨味を広げた。
正直、落ち込んだ気分を少し引き上げてくれるくらいには美味い。
藤野「いやぁ……資料を持って説明したんですけどね。『電気がどうだ』って言っても、全然通じませんでした」
ガラム「相手は受付の小娘だったろう? あれでは仕方あるまい」
彼はスープをすすり、渋い顔でため息をついた。
王都に来て早々、最初の壁にぶつかった形だ。
藤野「それにしても、受付のところで笑われるとは思いませんでしたよ……」
ガラム「まあ、あの商会にとっては“よく分からん村人がよく分からん技術を売り込みに来た”程度の認識だろうな。
せめてサンチキの奴も一緒だったら、少しは聞いてもらえたかもしれんがなぁ」
藤野「日が昇るやいなや、『予定が詰まってる』とだけ言って、どこかへ行っちゃいましたからね……」
できることなら、商会に顔が利いているサンチキと行きたかったが、
王都に居る間はとても忙しいらしく、同行はできないと言われてしまっていた。
藤野「……はぁ。現実は厳しい」
匙を置き、額を指で押さえる。
昼食後、通りを歩いていると、背後から聞き慣れた声が響いた。
サンチキ「やあやあ、藤野とガラムの旦那。商会はどんな感じでい?」
振り返ると、荷物袋を抱えたサンチキがにやにやと近づいてきた。
藤野「ええと……見事に玉砕でした……」
ガラム「受付に追い返されて終わりだ」
サンチキ「ほぉ……そいつぁ残念でござんすな」
肩をすくめるサンチキだったが、すぐに気を取り直すように笑った。
サンチキ「ま、あっしもあれこれ予定が詰まってましてね。
だが、どう切り口を変えるか……あっしも考えてみやしょう。夜にまた会いやしょうや」
そう言い残すと、彼は軽快な足取りで人混みに消えていった。
ガラム「忙しいやつだ。さて、藤野。せっかく王都に来たんだし、観光しようじゃないか」
藤野「はい、お願いします!」
午後はガラムと二人で王都の街並みを歩いた。
大通りは石畳が敷かれ、両脇には背の高い建物が立ち並んでいる。
道を行き交う人々は身なりも多彩で、商人、職人、兵士、旅人が混ざり合い、どこか雑然とした活気を生んでいた。
藤野「こうして歩くと……さすが大都市って感じですね」
ガラム「ああ。だが見せかけの賑わいに騙されるなよ。裏路地に入れば、一転して物騒な空気になる」
藤野「なるほど……」
彼の案内で工房街を覗けば、鍛冶場からは鉄を打つ音が響き、木工所からは削り屑の匂いが漂ってくる。どれも技術的には、元の世界でいう中世ヨーロッパあたりの水準といったところか。
村よりは設備が整っているので、質の高い製品が作れることが伺える。
ガラム「王都の経済は商会と職人組合で回っている。だが新しい技術が受け入れられるには、後ろ盾が要る」
藤野「後ろ盾、ですか」
ガラム「そうだ。貴族か、あるいは商会の大物か。お前一人で突っ込んでも、今日みたいに追い返されるだけだ」
彼の言葉は苦い現実を突きつける。けれど同時に、突破口を探さねばならないと強く思わされた。
夕暮れ時、再びサンチキと落ち合い、王都の酒場で夕食を囲むことになった。
木のテーブルに並んだのは、焼き上げた肉と香草を絡めた芋の料理、濃い果実酒。
賑やかな店内は笑い声と歌声で満ちている。
サンチキ「ほいで、昼間の話をもっと詳しく聞かせてもらえやせんか」
藤野「はい……受付でこう説明したんです。電気を使えば夜でも明るく……と」
ガラム「だが、相手は『火の方が簡単ですから』と笑って取り合わなかった」
サンチキはうんうんと頷きながら酒をあおり、やがて指を立てた。
サンチキ「藤野の旦那、説明の仕方を変えた方がようござんすよ。
こういう時はな、まず“何をしたいか”肝心の目的を先に言うんでさ。
そいから“なぜ必要か”道理を語る。それから“村じゃこう使う”って具体の見本を出して、
最後にゃ“だから必要でござんす”と締める。四つの順番が肝心でござんすよ」
藤野(……なんか聞いたことあるな。PREP法、だっけ?)
心の中でぼそりと思う。異世界でも似たような話術があるのかと感心するばかりだ。
それからはしばらく、これからどうするかを三人で雑談交じりに話し合っていた。
ガラムとサンチキは酒が回っているようで、ほんのりと顔が赤くなっている。
私はというと、酒は飲めないので果実のしぼり汁をちびちび飲みながら、
今後の行動予定を頭の中で考えていた。
そのとき、不意に側方から声が掛かった。
初老の男性「失礼、会話が聞こえてしまったのだが……あなた、藤野氏ですかな?」
驚いて振り向くと、灰色の髭を整えた初老の男が立っていた。
ガラムはすぐに目を細め、腰に手をかけて警戒を示す。
藤野「あの…そうですが……」
初老の男性「では、リージェンという者をご存じで?」
その名を聞いた瞬間、私は合点がいった。
藤野「ガラムさん、大丈夫です。この人は敵ではありません」
サンチキ「藤野の旦那の知り合いですかい?」
藤野「直接の知り合いではないですが、知り合いの知り合いといったところです」
男は微笑み、名を名乗った。
ゼンダン「私はゼンダン。王都の魔術研究院に所属する者です。
リージェン氏と話した際に、『もしも王都で“フジノ”という変わった風貌の男性と出会ったら、何かしら手を貸してあげてほしい』と言われてましてな。
偶然、そちらの会話の中で出た藤野氏の名前を耳にし、もしやと思い声を掛けました」
ゼンダンは王都の研究院の魔術師。しかもアンドリューの部下だという。
だが、彼はすぐに付け加えた。
ゼンダン「ご安心を。私もアンドリュー氏を好いてはいませんので」
どこか含み笑いを浮かべるその言葉に、私とガラムは顔を見合わせた。
ゼンダン「して、藤野氏はどういった訳で王都に来られたのでしょう?
リージェン氏には商会の情報を伝えただけで、詳しい話までは聞き及んでなかったものでして」
藤野「ええと……実はですね――――」
私は電気についての概要と、アンドリューがこの技術を独占しようと脅しをかけてきていることを説明した。
ゼンダン「――“電気”……おもしろい魔法ですな。興味深い……非常に興味深い。
アンドリュー氏が独占を目論むのも頷けますな。で、これを広めたいと?」
藤野「ええ。魔法というより……科学ですが」
ゼンダン「ならば言い方を工夫するのです。
“新たな魔法を発見した”と言えば、商会の人間は耳を傾けるでしょう。
魔法は王都ではすでに確立されている技術です。誰でも扱えるわけではありませんが……」
そりゃあそうかもなぁ、と私は思った。
……電気は魔法ではなく科学の力であるからして、魔法呼ばわりされるのは個人的に納得いかない。
とはいえ、こちらの人々にとって“電気”という言葉は未知すぎる。
ならば魔法に例えた方が早いのかもしれない。
しばらく意見を交わした後、ゼンダンは提案した。
ゼンダン「明日、私も同行しましょう。三人で商会に行けば、多少は話を聞いてくれるはずです」
サンチキ「魔術師の旦那が一緒なら、商会も食い付いてくるでっしゃろうな」
藤野「助かります! ぜひお願いします!」
ガラム「……怪しい真似をするなら容赦しないぞ」
ゼンダン「はっはっは、頼もしい護衛殿だ」
酒場の喧騒の中、思いがけない縁が結ばれた。
こうして翌日、三人で再び商会に挑むことが決まったのだった。




