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異世界タービン  作者: SD2
本編
19/25

第十八話 失敗は良き出会いのもと

 ガラム「……取り合ってもらえなかったな……」


 藤野「ええ……見事に門前払いでしたね……」


 王都に到着した翌朝、ガラムと二人でヘイルーツ商会の門を叩いた。

私は資料を広げ、発電や照明の仕組みを懸命に説いたが、受付の若い事務員には理解されることもなく、興味を持たれることもなかった。

むしろ『妙な村人の戯言』として軽く笑われ、取り次ぎすら拒まれてしまった。



 そして昼時。


 昼下がりの陽が差し込む食堂の窓際席。

二人で、深い皿に盛られたスープに匙を落としながら、先ほどの惨憺たる結果を反芻していた。


王都の大通りに面したこの店は、木造の梁に布飾りを吊り下げた、どこか異国風の雰囲気を醸し出している。料理の香辛料が鼻をくすぐり、隣の席からは商人風の男たちの笑い声が絶え間なく響いてくる。


 匙を口に運ぶと、大粒の穀物がとろりと溶けかけ、肉から染み出した脂と混じって濃厚な旨味を広げた。

正直、落ち込んだ気分を少し引き上げてくれるくらいには美味い。


 藤野「いやぁ……資料を持って説明したんですけどね。『電気がどうだ』って言っても、全然通じませんでした」


 ガラム「相手は受付の小娘だったろう? あれでは仕方あるまい」


彼はスープをすすり、渋い顔でため息をついた。

王都に来て早々、最初の壁にぶつかった形だ。


 藤野「それにしても、受付のところで笑われるとは思いませんでしたよ……」


 ガラム「まあ、あの商会にとっては“よく分からん村人がよく分からん技術を売り込みに来た”程度の認識だろうな。

せめてサンチキの奴も一緒だったら、少しは聞いてもらえたかもしれんがなぁ」


 藤野「日が昇るやいなや、『予定が詰まってる』とだけ言って、どこかへ行っちゃいましたからね……」


できることなら、商会に顔が利いているサンチキと行きたかったが、

王都に居る間はとても忙しいらしく、同行はできないと言われてしまっていた。


 藤野「……はぁ。現実は厳しい」


匙を置き、額を指で押さえる。



 昼食後、通りを歩いていると、背後から聞き慣れた声が響いた。


 サンチキ「やあやあ、藤野とガラムの旦那。商会はどんな感じでい?」


振り返ると、荷物袋を抱えたサンチキがにやにやと近づいてきた。


 藤野「ええと……見事に玉砕でした……」


 ガラム「受付に追い返されて終わりだ」


 サンチキ「ほぉ……そいつぁ残念でござんすな」


肩をすくめるサンチキだったが、すぐに気を取り直すように笑った。


 サンチキ「ま、あっしもあれこれ予定が詰まってましてね。

だが、どう切り口を変えるか……あっしも考えてみやしょう。夜にまた会いやしょうや」


そう言い残すと、彼は軽快な足取りで人混みに消えていった。


 ガラム「忙しいやつだ。さて、藤野。せっかく王都に来たんだし、観光しようじゃないか」


 藤野「はい、お願いします!」


 午後はガラムと二人で王都の街並みを歩いた。

大通りは石畳が敷かれ、両脇には背の高い建物が立ち並んでいる。


道を行き交う人々は身なりも多彩で、商人、職人、兵士、旅人が混ざり合い、どこか雑然とした活気を生んでいた。


 藤野「こうして歩くと……さすが大都市って感じですね」


 ガラム「ああ。だが見せかけの賑わいに騙されるなよ。裏路地に入れば、一転して物騒な空気になる」


 藤野「なるほど……」


 彼の案内で工房街を覗けば、鍛冶場からは鉄を打つ音が響き、木工所からは削り屑の匂いが漂ってくる。どれも技術的には、元の世界でいう中世ヨーロッパあたりの水準といったところか。

村よりは設備が整っているので、質の高い製品が作れることが伺える。


 ガラム「王都の経済は商会と職人組合で回っている。だが新しい技術が受け入れられるには、後ろ盾が要る」


 藤野「後ろ盾、ですか」


 ガラム「そうだ。貴族か、あるいは商会の大物か。お前一人で突っ込んでも、今日みたいに追い返されるだけだ」


彼の言葉は苦い現実を突きつける。けれど同時に、突破口を探さねばならないと強く思わされた。



 夕暮れ時、再びサンチキと落ち合い、王都の酒場で夕食を囲むことになった。


木のテーブルに並んだのは、焼き上げた肉と香草を絡めた芋の料理、濃い果実酒。

賑やかな店内は笑い声と歌声で満ちている。


 サンチキ「ほいで、昼間の話をもっと詳しく聞かせてもらえやせんか」


 藤野「はい……受付でこう説明したんです。電気を使えば夜でも明るく……と」


 ガラム「だが、相手は『火の方が簡単ですから』と笑って取り合わなかった」


サンチキはうんうんと頷きながら酒をあおり、やがて指を立てた。


 サンチキ「藤野の旦那、説明の仕方を変えた方がようござんすよ。

こういう時はな、まず“何をしたいか”肝心の目的を先に言うんでさ。

そいから“なぜ必要か”道理を語る。それから“村じゃこう使う”って具体の見本を出して、

最後にゃ“だから必要でござんす”と締める。四つの順番が肝心でござんすよ」


 藤野(……なんか聞いたことあるな。PREPプレップ法、だっけ?)


心の中でぼそりと思う。異世界でも似たような話術があるのかと感心するばかりだ。


 それからはしばらく、これからどうするかを三人で雑談交じりに話し合っていた。


ガラムとサンチキは酒が回っているようで、ほんのりと顔が赤くなっている。

私はというと、酒は飲めないので果実のしぼり汁をちびちび飲みながら、

今後の行動予定を頭の中で考えていた。


 そのとき、不意に側方から声が掛かった。


 初老の男性「失礼、会話が聞こえてしまったのだが……あなた、藤野氏ですかな?」


驚いて振り向くと、灰色の髭を整えた初老の男が立っていた。

ガラムはすぐに目を細め、腰に手をかけて警戒を示す。


 藤野「あの…そうですが……」


 初老の男性「では、リージェンという者をご存じで?」


 その名を聞いた瞬間、私は合点がいった。


 藤野「ガラムさん、大丈夫です。この人は敵ではありません」


 サンチキ「藤野の旦那の知り合いですかい?」


 藤野「直接の知り合いではないですが、知り合いの知り合いといったところです」


 男は微笑み、名を名乗った。


 ゼンダン「私はゼンダン。王都の魔術研究院に所属する者です。

リージェン氏と話した際に、『もしも王都で“フジノ”という変わった風貌の男性と出会ったら、何かしら手を貸してあげてほしい』と言われてましてな。

偶然、そちらの会話の中で出た藤野氏の名前を耳にし、もしやと思い声を掛けました」


 ゼンダンは王都の研究院の魔術師。しかもアンドリューの部下だという。

だが、彼はすぐに付け加えた。


 ゼンダン「ご安心を。私もアンドリュー氏を好いてはいませんので」


どこか含み笑いを浮かべるその言葉に、私とガラムは顔を見合わせた。


 ゼンダン「して、藤野氏はどういった訳で王都に来られたのでしょう?

リージェン氏には商会の情報を伝えただけで、詳しい話までは聞き及んでなかったものでして」


 藤野「ええと……実はですね――――」


 私は電気についての概要と、アンドリューがこの技術を独占しようと脅しをかけてきていることを説明した。


 ゼンダン「――“電気”……おもしろい魔法ですな。興味深い……非常に興味深い。

アンドリュー氏が独占を目論むのも頷けますな。で、これを広めたいと?」


 藤野「ええ。魔法というより……科学ですが」


 ゼンダン「ならば言い方を工夫するのです。

“新たな魔法を発見した”と言えば、商会の人間は耳を傾けるでしょう。

魔法は王都ではすでに確立されている技術です。誰でも扱えるわけではありませんが……」


 そりゃあそうかもなぁ、と私は思った。


 ……電気は魔法ではなく科学の力であるからして、魔法呼ばわりされるのは個人的に納得いかない。


 とはいえ、こちらの人々にとって“電気”という言葉は未知すぎる。

ならば魔法に例えた方が早いのかもしれない。


 しばらく意見を交わした後、ゼンダンは提案した。


 ゼンダン「明日、私も同行しましょう。三人で商会に行けば、多少は話を聞いてくれるはずです」


 サンチキ「魔術師の旦那が一緒なら、商会も食い付いてくるでっしゃろうな」


 藤野「助かります! ぜひお願いします!」


 ガラム「……怪しい真似をするなら容赦しないぞ」


 ゼンダン「はっはっは、頼もしい護衛殿だ」


 酒場の喧騒の中、思いがけない縁が結ばれた。

こうして翌日、三人で再び商会に挑むことが決まったのだった。

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