第十五話 煌びやかな支配の影
サキュバスの一件は終わった。
が、設備にはメンテナンスが付きまとう。
サキュバスタービンをサキュバスたちに引き渡し、各種の取り扱い説明と定期メンテナンス日程の打ち合わせを終えた私は、アーゼ村へ戻っていた。
稼働を始めた蒸気タービンの魔力機と、魔力を補給して満ち足りた表情を浮かべるサキュバスたち。
その光景が、今でも脳裏に焼き付いている。
藤野「……やっと、一区切りだな」
村へ戻ると、そこにはいつもの日常が広がっていた。干し草の香り、井戸水の音、子供の笑い声――
それだけで、胸が少し軽くなる気がした。
だが、村長――エルドの口から出た言葉が、その安堵を打ち砕いた。
エルド「実はな、藤野殿。お主の留守中に、王都から使いの者が来ておってな」
藤野「……王都?」
エルド「うむ。どうやら行商人から発電機の噂を聞いたらしい。
数刻ほど滞在しておったが、お主が戻らぬので一旦引き上げた。だが――また来るじゃろう」
電灯の明かりは、目立つ。
この世界にないインパクトを持ったテクノロジーは、村の外部の人間の耳にも届くのだ。
そして、村長の予想は現実となった。
一か月後、村に騎馬の隊列が現れた。
豪奢な装飾の馬車に、紫と銀の紋章が掲げられている。
村長が出迎えると、馬車から降りてきたのは、品の良い金髪を後ろに流した中年の男だった。
目的はやはり、私らしい。
村長に呼ばれて集会所に向かうと、そこには一人の貴族の男が待っており、私は村長とともに話を聞くことになった。
???「やあ、これはこれは。お噂はかねがね。……君が“藤野”氏かね?」
藤野「はい、私が」
アンドリュー「私はアンドリュー=コーネリアス。北西にある大陸の王都の魔術研究院の者でね。
今回は、ある興味深い魔法について直接お話を伺いたくて」
穏やかな口調、だが目の奥は笑っていなかった。
アンドリュー「君が作ったという“魔法の灯り”……実に素晴らしい。
あれがあれば、王都の夜は昼のように明るくなり、商いは夜通し可能だ。
軍の訓練場も、警備も、すべての効率が上がる」
藤野「……なるほど、確かに便利かもしれませんね」
アンドリュー「そこでだ。君には、王都にその魔法を提供してほしい。
報酬は充分に用意しよう。望むなら地位や爵位も――――」
アンドリューは甘い提案を次々と並べてくる。富、名声、地位、女、豪華な暮らし……
聞こえは悪くないが、今のアーゼ村での暮らしで満足しているし、性に合っている。
彼の口ぶりからは、“相手の意思を尊重する”という発想は欠片も感じられなかった。
おそらく、技術を金儲けや支配の道具としてしか見ていないのだろう。
そんな奴の提案には乗りたくない。
さんざん利用された挙句、捨てられる未来が見える……。
藤野「お話は分かりました。大変光栄な話なのですが……申し訳ありません。それはできません」
アンドリュー「……ほう?」
藤野「まず前提として、あれは魔法ではありません。そして、すぐに導入できるものでもありません。
設備の維持には知識と経験が必要ですし、部品の製造や設置も容易ではありません。
加えて、燃料や水源の調達も課題ですし、設置場所の整備も必要です」
アンドリューの眉がぴくりと動いた。
アンドリュー「つまり……君の魔法は、我々には扱えないと?」
藤野「現時点では、そうなります」
アンドリュー「なるほど。……だが、それなら藤野氏が王都に来ていただければ済むではないか。
必要なものはこちらですべて用意しよう」
どうやって断り文句を並べようか、しばし考え込む。
すると、アンドリューが本性を現してきた。
アンドリュー「藤野氏よ、分かっていないのか。魔法は支配の手段であり、力の象徴だ。
君の魔法で多くの人の暮らしが支えられるだろう。
それを我々で統制し、支配すれば、莫大な富を得られるのだぞ?」
藤野「…………。この技術は、村人たちの命や暮らしを守るために作ったものです。
何かを支配したり、富を独占したりするためにあるのではありません」
表情が一変し、憤怒の色が露わになる。
アンドリュー「お前が従わぬのなら……力を以って従わせるまでだ。こちらには私兵団もいるのだ。
村ごと囲ってでも、お前を引きずり出してやる!」
藤野「あんたの私利私欲のために、協力するなんてお断りだ!
電気は魔法の力じゃない! 簡単にはできないし、危険が伴うものなんだぞ!」
アンドリュー「――ふん。異国の青二才が、ずいぶんと大きな口を叩くものだな」
アンドリューは鼻を鳴らし、忌々しそうに村長を一瞥すると、護衛に囲まれながら馬車に乗り込んで去っていった。
藤野「……はぁ……」
全身から力が抜ける。村長のエルドは腕を組んで深く息をついた。
エルド「よくぞ言った、藤野殿。だが……向こうも黙ってはおるまい」
藤野「ええ。今後、警戒は必要ですね」
アンドリューは、いずれ本格的に動く。
それをどう防ぐか、どう向き合うか……考えなければならない。
その晩、私は作業小屋でひとり、灯りの下に座っていた。
藤野(――私は、本当にこの技術を持ち込んでよかったのか?)
あの世界では、電力インフラは“当たり前”の存在だった。
だがここでは、“支配の手段”にもなり得る。
しかし、思い浮かぶのは、ゴブリンを撃退できた時の村人たちの笑顔や、魔力不足が解決した時のサキュバスたちの笑顔だった。
歓喜する村人たち、キースの真剣な表情、リアの笑顔。
満ち足りた表情で「もう飢えなくていい」と言ったローレス――
藤野(……ああ。間違ってなんかいない。私は、誰かのためにできることをやったんだ)
どんなに便利でも、それが誰かを傷つけるのなら意味がない。
けれど、誰かを救えるなら――それは価値がある。
この世界に電気が存在するのであれば、いずれは発見され、研究され、普及するはずだ。
私はそれを速めたに過ぎない。
藤野(電気という技術を持ち込んだ以上、この世界でそれをどう扱うべきかを確立させる責任が、私にはある。放っておくわけにはいかない)
そのために、私はここに居る。
そう強く、心に誓った。




