第十三話 魔力機関の動力は?
星の瞬く空の下ーー
今夜、サキュバスたちに村の魔石を渡す約束をしていた私は、
村の北側にある井戸のそばに座り込み、うとうとしていた。
どうやら、睡眠リズムが崩れ、疲労が抜けきっていなかったらしい。
リージェン「こんばんは、藤野氏。お待たせしました」
聞こえた声にハッとして顔を上げると、ローレスとリージェンが立っていた。
ローレス「ふふっ……昨晩は良い夢を見られたかしら?」
藤野「え、ええ……おかげさまで」
リージェン「魔石の件ですが、ありましたか?」
藤野「大量というわけではないですが、ありました。
山岳部の村とはまだ連絡が取れていないので、譲ってもらえるかは未定ですが……もう少しお待ちを」
ローレス「ありがとう、藤野さん……本当に助かるわ」
藤野「それと、今日は見せたいものがあるんです。ついてきてください」
私はふたりを作業小屋へと案内した。
夜でも作業できるよう、外にはゴロッタ石の電灯が吊るされている。
木製の扉を開けると、機械油の匂いが鼻をかすめた。
藤野「結論から言うと、魔力を作る方法が分かりました」
ローレス「……いくらなんでも早すぎない?」
リージェン「今まで各所で長く研究されてきたのですよ?
さすがに一朝一夕でできることではないと思うのですが……」
藤野「……ではお見せしましょう。――これが、試作した“魔力を発生させる装置”です」
机の上に据えられた円筒状の装置。軸にはベーズ鋼製のコイルが固定されており、
内部には磁石代わりのネグターン鉱石が収められている。ラザルム晶石も電球に見立てて接続済みだ。
ローレス「……これが?」
リージェン「これで本当に魔力を生み出すのですか?」
藤野「見ててください。こうやって――」
私は装置の回転軸を手で回した。小さな音を立ててコイルが動く。
そして次の瞬間――
ラザルム晶石が青白く発光した。
リージェン「っ……!」
ローレス「これ、魔力が流れてるのね……はっきりわかる……!」
私は頷きながら、ふたりの反応を見守った。
藤野「ええ。装置を動かすとベーズ鋼の導線に魔素が流れ、魔力が発生しているようです」
リージェン「まさか本当に、実現できるなんて……」
藤野「ただ、問題がありまして。これをどうやって回すかです。
実用化するとなると、もっと大きな装置になります。
水車や風車で回したり、あとはお湯を沸かした蒸気で羽根車を回す方法があるのですが、
あの遺跡近辺でそれができるかどうか……」
ローレス「お湯を沸かす……?」
藤野「はい。“ボイラー”という湯沸かし器で水を蒸気に変え、“タービン”という羽根車を蒸気の力で回すんです。
そして、“復水器”で蒸気を冷やして水に戻す。ただ、これには多くの燃料と水が必要で――」
説明を終える前に、ローレスがふと表情を変えた。
ローレス「あのね。私たち、サキュバスは……精力を使って、熱や冷気を発生させられるの」
藤野「…………え????」
リージェン「ええ、古くから知られた能力です。
魔力変換の方が主流だったので、使いどころがなかっただけで」
藤野「熱や冷気を発生……? それって、どれくらいの熱や冷気が出せるんですか?」
ローレス「ほんのわずかな精力でも、小さな湖くらいなら一瞬で沸かしたり凍らせたりできるわ。
温度維持も可能よ」
非常に強力なエネルギーだ。まるで……“核燃料”のような…………
さらには冷却することもできるなんて…………
藤野「蒸気タービン、いけるかもしれません……!
ボイラーの中の水を、サキュバスの熱能力で加熱して、復水器の中の蒸気も、冷却能力で水に戻すことができれば――!」
ローレス「なんとかできそうね! 少しずつでも精力を吸わせてもらえれば、運用はできると思う!」
リージェン「精力を利用する機器については、こちらで設計できそうです!
ただ、製作できるほどの技術はありませんので、村の方々にご協力いただきたい次第ですが……」
藤野「わかりました。製作の件、私の方から村の方々にお願いしてみます」
サキュバスのボイラーと復水器、現代技術の蒸気タービン、そして魔力発電機……
サキュバスの能力と現代技術の融合が、魔力不足という根本問題を解決しようとしていた。
話がひと段落したところで、机に置いてあったカップを手に取った。
藤野「すみません、ちょっと一息入れさせてもらいます」
リージェン「それは……何の飲み物ですか?」
藤野「植物の実を炒って、砕いて、お湯で抽出したものです。苦いんですが、目が覚めるんですよ」
そう、この世界に来て、コーヒーが恋しくなった私は、時間を見つけてはコーヒーの代わりになるものを探していた。
そして、ある植物の実から苦い飲み物を抽出できることを発見し、コーヒーのように飲んでいる。
味はコーヒーとは程遠いが、コーヒーの代わりとしては悪くはない。
ちなみに、村人たちからは、“苦いのになんでわざわざ飲むの?”とドン引きされた。
ローレス「ふふ……やっぱりあなたって、面白い人ね」
私は苦笑しながら、カップを傾けた。
藤野「……さて。ふたりとも、今後は精力ボイラーと精力復水器の設計、および製作指示をお願いします。鍛冶工房の方には、私から話を通しておきますので」
リージェン「もちろんです。そのあたりは任せてください」
藤野「ありがとうございます。――ただ、その前に、少しお願いがあります」
ローレス「お願い?」
藤野「……サキュバスによって精力を吸われて、体調を崩した村人が数名います。
もちろん、事情は分かっていますし、今さら責めようとは思っていません。
でも、やっぱり……彼らや家族、周りの人達は、不安な気持ちを抱いたままだと思うんです」
リージェン「…………」
藤野「だから、村の方たちに、謝罪と、今後は無闇に吸わないという約束をしてもらえませんか?」
ローレス「……そうね。私たちのせいで迷惑かけてしまったものね」
リージェン「心から謝罪します。村の方々に、誠実に頭を下げましょう」
藤野「ありがとうございます。おふたりの言葉なら、きっと村の人たちも受け入れてくれると思います」
ローレス「ちゃんと伝えるわ。もう二度と、無断で精を吸ったりはしないって」
リージェン「それを信じてもらうには、言葉だけでなく、行動でも示す必要がありますね」
藤野「ええ。それができたら、きっとみんなも手を貸してくれるはずです」
――雰囲気が少し和らいだところで、私は話題を切り替える。
藤野「――ただ、その……服装だけは、少し考えてほしくて」
ローレス「服装?」
藤野「村人たちの前では……その、露出の多い服装だとちょっと気まずいというか」
藤野(特に、キースには刺激が強すぎるだろうしなぁ)
リージェン「あら……確かに、集中できなさそうですね」
藤野「作業用の服をこちらで用意します。少し野暮ったいかもしれませんが、我慢してください」
ローレス「ふふ、了解よ」
別れ際に、村にあった魔石を二人に渡し、ローレスとリージェンは帰っていった。
去り際、ローレスが振り返って小さく手を振る。その後ろ姿を見送りながら、私は静かに息を吐く。
藤野(動力の件、解決したな――これでようやく、次の段階に進める)
私は夜空を見上げた。
星の瞬きが、どこかあたたかく感じられた。




