第3章1節:古代遺跡への誘い
街道を歩き始めて数日が経ち、目指す町まであと二日ほどの距離となった頃。エルウィンが不意に立ち止まり、道の脇に広がる鬱蒼とした森を指差した。
「この森の奥深くに、小さな遺跡がある。おそらく、原初の言葉文明初期のものだと思われるが…もし興味があれば、少し寄り道をしてみないか?」
彼の言葉に、私の心は即座に沸き立った。古代遺跡! しかも、原初の言葉文明のものかもしれない、と。街道歩きで少し疲労を感じ始めていた身体に、新たな活力が漲るのを感じた。
「まあ! それは本当ですの? ぜひ、拝見したいですわ! エルウィン様、案内していただけますか?」
私は、興奮を隠しきれずに思わず前のめりになって尋ねた。
エルウィンは、私の反応を予想していたかのように、静かに頷いた。
「ああ、構わない。私自身も、しばらく訪れていなかったから、状態を確認しておきたいと思っていたところだ」
「やったー! 探検だ!」
リアンは、遺跡そのものよりも「寄り道」という響きに喜んでいるようだった。街道をただ歩くよりも、森の中を進む方が彼にとっては性に合っているのだろう。
私たちは、エルウィンを先頭に、街道を外れて森の中へと足を踏み入れた。
一歩森に入ると、ひんやりとした空気が肌を撫で、陽光は高い木々の葉に遮られて薄暗くなった。地面は落ち葉でふかふかとしており、様々な植物の匂いが混じり合った、濃密な緑の香りが漂ってくる。
「この森は、比較的古い時代の植生が残っている場所だ。おそらく、遺跡が作られた数千年前も、似たような環境だったと考えられる」
エルウィンは、周囲の木々や足元の苔を指しながら、冷静に解説を加えていく。彼の知識は、文献だけでなく、こうした自然環境にも及んでいるらしい。
森歩きはリアンの得意分野だ。彼は、先を行くエルウィンに負けじと、軽快な足取りで木々の間をすり抜け、時折、変わった形の木の実や、動物の足跡を見つけては私に教えてくれる。
「コハル、見ろよ! これ、たぶん『森リス』の足跡だ。近くに巣があるのかもな」
「まあ、本当ですわね。小さい…可愛らしい足跡ですこと」
リアンの純粋な発見が、学術的な探求とは違う種類の喜びを私に与えてくれる。
森の奥へと進むにつれて、周囲の気配が少しずつ変わってきたように感じられた。鳥の声が少なくなり、代わりに、風が木々の葉を揺らす音や、遠くで微かに聞こえる水の音が、妙に大きく響くような気がする。
ふと、前を歩いていたリアンが足を止め、耳を澄ませるような仕草をした。
「ん? なんか、変な鳥の声がするような…?」
彼は首を傾げ、周囲を見回している。
「鳥の声、ですって? 私には、普通の鳥の声しか聞こえませんが…」
私も耳を澄ませてみたが、リアンが言うような「変な声」は聞き取れなかった。エルウィンも、特に気にした様子はない。
「気のせいかな…?」
リアンは不思議そうな顔をしていたが、やがて再び歩き出した。彼の気のせいだったのかもしれないが、その一瞬の戸惑いが、私の心の隅に小さな引っかかりとして残った。
それからさらに十分ほど歩いただろうか。木々が途切れ、少し開けた場所にたどり着いた。
そこは、まるで忘れられた聖域のような場所だった。
中央には、高さが三メートルほどの、苔むした石の柱が数本、不規則な円を描くように立っている。柱の表面には、風雨に晒されて摩耗しているものの、明らかに人工的な模様や、文字のようなものが刻まれているのが見て取れた。柱の円の中心には、崩れかけた石造りの祭壇らしきものがあり、その周囲には、奇妙な形状の石がいくつか転がっている。
辺りには、人の手が入らなくなってから長い年月が経ったことを示す、静かで、どこか厳かな空気が漂っていた。
これが、エルウィンの言っていた古代遺跡。
私の胸は、期待と興奮で高鳴っていた。