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第2章2節:街道にて

 木漏れ日の村ソーラを出て、東へ向かう街道を歩き始めて数時間が経った。

 最初は元気いっぱいだったリアンも、さすがに少し疲れてきたのか、口数が減ってきた。私も、この少女の身体での長距離移動は初めてであり、見た目以上に体力を消耗しているのを感じる。とはいえ、前世の寝たきりに近かった状態を思えば、この程度の疲労感はむしろ心地よいとさえ言えた。


 道は比較的平坦で、時折、私たちと同じように東へ向かう旅人や、西へ向かう商人と思しき荷馬車とすれ違う。彼らの服装や、話している言葉の訛りも、私にとっては貴重な観察対象だ。すれ違いざまに聞こえてくる断片的な会話から、語彙や発音の特徴を捉えようと、耳を澄ませる。


 「コハル、さっきの人たちの言葉、またちょっと違ったな?」


 リアンが、私の様子に気づいて尋ねてきた。


 「ええ。おそらく、共通語の地域的な変種…方言でしょうね。母音の発音が少し異なり、いくつかの語彙はソーラの村では聞かないものでしたわ。興味深い…」

 「へえ…。よくそんな細かいことわかるなあ」


 リアンは感心したように言う。彼にとっては、ただ「違う言葉」としか認識できないのだろう。

 だが、その「違い」の中にこそ、言語の歴史や文化の変遷が刻まれているのだ。


 昼食は、街道脇の木陰で、村でもらったパンと干し肉、そして水筒の水で済ませた。素朴な食事だが、歩き疲れた身体には格別に美味しく感じられる。


 「なあ、コハル。その…コハルは、どうしてそんなに言葉のことばっかり考えてるんだ?」


 食事をしながら、リアンがおずおずと尋ねてきた。彼なりに、私の異質さを感じ取っているのだろう。

 私は少し考えてから、答えた。


 「言葉は、そこに生きる人々の思考や文化、歴史そのものを映し出す鏡のようなものだからですわ。言葉を知ることは、その人々を知ること。世界を知ることなのです。私にとって、それは何よりも面白い、知的な冒険なのですよ」

 「ふーん…。難しいことはよくわかんないけど、コハルが楽しそうなのだけはわかるよ」


 リアンは、パンをかじりながら、素直にそう言った。その純粋さが、私には少しだけ救いのように感じられた。


 午後の日差しが少し傾き始めた頃、道の先に、小さな集落が見えてきた。宿場町、と呼ぶほど立派ではないが、旅人が一夜を過ごすための宿や、簡単な食事ができる場所があるようだ。


 「今日は、あそこで休みましょうか。無理は禁物です」

 「賛成! 足が棒みたいだよ」


 リアンがほっとしたように声を上げた。


 その小さな集落に入ると、いくつかの建物の中に、簡素な木の看板を掲げた一軒の宿屋を見つけた。中に入ると、気の良さそうな恰幅かっぷくの良い女将さんが出迎えてくれた。


 「あら、旅のお客さんかい? 小さいお嬢ちゃんと、元気そうな坊やだね。部屋なら空いてるよ」


 私は、村を出る前に村長から預かった、いくばくかのお金(この世界の通貨らしい銅貨と銀貨)を見せ、一部屋を借りることにした。二人で一部屋、質素なベッドが二つあるだけの部屋だったが、屋根のある場所で眠れるだけでありがたい。


 夕食は、宿屋の食堂で、豆のスープと黒パン、そして焼いた干し魚というシンプルなものだった。食堂には、私たち以外にも何組かの旅人がおり、それぞれのテーブルで話し込んでいる。ここでもまた、様々な訛りの共通語が飛び交っていた。私は食事をしながらも、耳は彼らの会話に集中していた。

 リアンは、そんな私の様子を面白そうに眺めながら、黙々とスープをすすっている。


 「面白いですわね…。あのテーブルの男性二人組は、おそらく北方の出身。母音の響きが硬質で、語尾が少し上がる。こちらの商人風の一団は、南の港町から来たのかもしれません。潮の匂いがするような、独特のリズムがある…」


 私が小声で分析を呟くと、リアンは呆れたように笑った。


 「コハルは、飯食ってる時までそれなんだな」

 「あら、失礼。でも、これもフィールドワークの一環なのですよ」


 私は少し悪戯っぽく笑ってみせた。この若い身体になってから、以前より表情が豊かになったような気がする。それもまた、新しい発見だった。


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