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【異世界転生言語学探求物語】転生美少女コハルの異世界言語ノート ~前世知識チート? いいえ、好奇心と足で稼ぐ地道なフィールドワークです!~  作者: 霧崎薫
第7章:始まりの香りと泉の秘密

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第7章4節:信頼への一歩

 長老の許可を得て、私はガルムから森狼族の「香り」についての手ほどきを受けられることになった。といっても、それは体系的な言語レッスンなどではなく、あくまで日常の観察の中で、ガルムが必要最低限の解説を加えてくれる、という形だった。


 「今の匂いは、警戒だ。見知らぬ鳥が縄張りに近づいた」

 「さっきのは、安堵。狩りの成功を仲間で分かち合った時の香りだ」

 「これは…少し違うな。幼い者が、母親に甘える時の特別な香りだ。お前たちには関係ない」


 ガルムの説明は、相変わらずぶっきらぼうで、核心に触れることは避けられている。それでも、私にとっては貴重な情報だった。これまでの私の推測が裏付けられたり、あるいは新たな発見があったり。私は、彼の言葉と、その時の状況、そして実際に感じられる(あるいは感じられない)匂いを結びつけ、ノートに丹念に記録していった。

 匂いを客観的に記録するのは依然として難しい課題だったが、私は、匂いの種類を、それが引き起こす感情やイメージ(例:「焦げたような」「甘い」「温かい」「鋭い」など)で分類し、記号化することを試みた。不完全な方法だが、何もしないよりはましだ。


 リアンは、私の「匂いの勉強」にはあまり興味を示さなかったが、ガルムが以前より少しだけ私たちと話すようになったことに、安堵しているようだった。彼は、ガルムに狩りの仕方や森でのサバイバルのコツなどを尋ね、ガルムも、最初は面倒くさそうにしながらも、時折、ぶっきらぼうな言葉でアドバイスを与えるようになった。二人の間には、少しずつだが、奇妙な師弟関係のようなものが芽生え始めているのかもしれない。


 エルウィンは、表向きは私の学習を助けるような素振りを見せながらも、裏では独自に長老や他の森狼族から古代の伝承に関する情報を引き出そうと試みているようだった。しかし、彼らのガードは固く、なかなか思うような成果は得られていないらしい。時折、焦れたような表情を見せることもあった。


 そんな日々が数週間続いた頃。

 集落で、一つの出来事が起こった。

 狩りに出ていた若い森狼族の一人が、不慮の事故で足を深く切り、大量に出血して担ぎ込まれてきたのだ。里の薬師がすぐに治療にあたったが、傷が深く、出血が止まらない。薬草も不足しており、このままでは命に関わる危険な状態だった。

 集落全体が、重苦しい雰囲気に包まれる。ガルムも、他の若者たちも、心配そうに治療の様子を見守っている。長老も、厳しい表情で状況を把握しようとしていた。


 私は、医学の専門家ではない。しかし、前世での長い人生経験と、様々な分野の知識を漁る中で得た、応急処置や衛生管理に関する断片的な知識が頭をよぎった。特に、感染症予防の重要性。この世界の医療レベルでは、傷口からの感染が致命傷になりかねない。


 (…私に、何かできることはないだろうか?)


 逡巡しゅんじゅんは、一瞬だった。今は、部外者であるとか、掟がどうとか言っている場合ではない。目の前で、命が失われようとしているのだ。

 私は、意を決して、治療が行われている小屋へ近づいた。ガルムが、いぶかしげな顔で私を止めようとする。

 「待て、コハル! お前が近づいても…」

 「ガルムさん、お願いです! 少しだけ、様子を見させていただけませんか? 私、前世で…少しだけですが、傷の手当てについて学んだことがあるのです。何か、お役に立てることがあるかもしれません!」

 私は、必死に訴えた。


 ガルムは、私の剣幕にやや戸惑ったようだったが、状況が切迫していることもあり、長老に判断を仰いだ。長老は、厳しい目で私を見つめた後、小さく頷いた。

 許可を得て、私は小屋の中に入った。薬師が懸命に止血を試みているが、血は滲み続けている。傷口の周りも、あまり清潔とは言えない状態だった。


 私は、まず、清潔な水(幸い、心の泉の水ではない、普通の湧き水が里にはあった)と布を用意してもらい、自分の手と、傷口の周りをできるだけ綺麗にするよう指示した。次に、止血効果がありそうな薬草(薬師が使っていたもの)を、より効果的な方法(細かく砕いて湿布状にするなど)で使うことを提案した。そして、前世の知識から、傷口を圧迫止血する方法を、薬師に身振りを交えて伝えた。

 私の知識は断片的で、この世界の薬草の効果も正確には分からない。それでも、やらないよりはましだ。私は、必死だった。


 薬師は、最初は私の指示に戸惑っていたが、私の真剣な様子と、理に適った(ように見えた)処置方法に、次第に耳を傾けるようになった。ガルムも、エルウィンも、リアンも、固唾を飲んで見守っている。

 時間はかかったが、私たちの懸命な処置の結果、幸いにも出血は次第に治まり、負傷した若者は峠を越えることができた。


 小屋から出た時、私は疲労でふらついていた。リアンが慌てて駆け寄り、私を支えてくれる。

 ふと見ると、ガルムが、複雑な表情で私を見ていた。そして、彼は、おもむろに私に向かって、ふわりと、温かく、そして少しだけスモーキーな…感謝と尊敬が入り混じったような、これまで嗅いだことのない「香り」を発した。

 それは、言葉よりも雄弁に、彼の心の変化を伝えていた。


 この出来事が、私と森狼族との関係における、小さな、しかし確かな信頼への一歩となったことを、私は確信していた。

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