第7章2節:謎掛けの答え合わせ
神秘的な泉のほとりで、私たちはしばらくその不思議な香りと空気に浸っていたが、いつまでもこうしているわけにはいかない。謎掛けの答えを得た(と私は確信した)今、私たちは長老の元へ戻り、報告をする必要があった。
「エルウィン様、リアン、ガルムさん。そろそろ里へ戻りましょう。長老に、私たちの考えをお伝えしませんと」
私が声をかけると、エルウィンは名残惜しそうに泉から視線を外し、リアンも「もう行くのか?」と少し残念そうな顔をしたが、二人とも素直に頷いた。ガルムは、無言で踵を返し、帰り道を先導し始めた。彼の表情は硬いままだったが、私たちが泉に対して敬意を払ったことに、わずかな安堵の色が見えたような気もした。
帰り道は、不思議と長く感じなかった。リアンは、行きのような鋭い感覚は働いていないようだったが、ガルムの的確な先導もあり、迷うことなく森狼族の集落へと戻ることができた。
再び、長老の家。
私たちは、厳かな雰囲気の漂う部屋で、長老と再び対峙した。長老は、私たちの帰還を静かに待っていたようだ。その表情からは、感情を読み取ることは難しい。
「して、コハルよ。試練の結果は、どうであったかな?」
長老が、静かに問いかける。
私は、一歩前に進み出て、深呼吸を一つしてから、答えた。
「はい、長老様。浅学非才の身ではございますが、私なりに考えた答えをお伝えいたします」
私は、まず、謎掛けの言葉を一つ一つ解き明かしていった過程を説明した。「森の囁き」と「石の歌」が特定の条件を示し、「見えぬ道」がリアン君の特殊な感受性によって示されたこと。そして、その道の先に、清らかな香りに満ちた泉があったこと。
「…そして、最後の問い、『始まりの香りとは、何か?』。その答えは、あの泉を満たしていた、あの香りそのものであると、私は考えます」
私は、きっぱりとそう述べた。
「あの香りは、言葉では言い表せない、生命の根源や、森の記憶、あるいは調和といったものを、私たちの心に直接感じさせる力を持っているように思えました。それは、理屈ではなく、魂で理解する『始まり』の感覚。だからこそ、『始まりの香り』と呼ばれるのではないでしょうか」
私の答えを聞き終えても、長老はしばらくの間、黙ったままだった。部屋には、再び重い沈黙が訪れる。長老が、私の答えをどう判断するのか、固唾を飲んで見守る。エルウィンもリアンも、そして背後に控えるガルムも、息を詰めているのがわかった。
やがて、長老は、ゆっくりと、本当にゆっくりと、その厳格な口元に、微かな笑みのようなものを浮かべた。それは、威厳を損なわない、ほんの僅かな表情の変化だったが、私たちには衝撃的だった。
「…ふ、ふふ。まさか、人間の子に…いや、異界の魂を持つと言うべきか…それに、これほど早く辿り着かれるとはな」
長老の声には、驚きと、そしてどこか面白がるような響きがあった。
「見事だ、コハルよ。お前の答えは、我ら森狼族が代々受け継いできた、謎掛けの真髄に限りなく近い」
長老の言葉に、私は安堵と共に、大きな喜びを感じた。私の考察は、間違っていなかったのだ。
「では…!」
「うむ。お前たちの知識欲と、その娘の持つ稀有な才は、本物と認めよう。約束通り、我らの里に滞在し、学ぶことを許す。ただし…」
長老は、そこで言葉を切り、再び厳しい表情に戻った。
「我らの言葉と文化の深奥に触れるには、まだ足りぬものがある。それは、この森への、そして我らへの、真の『信頼』だ」
真の信頼。確かに、私たちはまだ、彼らにとって客人であり、警戒すべき対象だ。謎掛けを解いたからといって、すぐに全てを明かしてくれるわけではないだろう。
「長老様、私たちは、その信頼を得られるよう、これからも誠意をもって努めます」
私がそう言うと、長老は頷いた。
「うむ。期待しておるぞ。…さて、褒美というわけではないが、謎掛けを解いたお前たちに、一つだけ、『始まりの香り』の秘密について教えてやろう」
秘密。私たちは、再び息を呑んだ。
「あの泉はな、『心の泉』と呼ばれておる。そして、あの香りは…我ら森狼族が、互いの『心』を偽りなく伝え合うための、特別な香りなのだ」
心の香り。心を伝え合うための、香り。
それは、私の想像を超えた、匂い言語の奥深い意味を示唆していた。




