第6章4節:長老の許しと森の導き
私たちは、謎掛けの解釈と、それを確かめるための計画を携え、再び長老の元を訪れた。長老は、私たちの考え…特に、リアンの特殊な感覚が「見えぬ道」を示しているのではないか、という推測に、静かに耳を傾けていた。
「ふむ…あやつ(リアン)の耳が、石の歌を捉えている、と。そして、それが道を示す、か…。ありえぬ話ではない」
長老は、意外にも私たちの推測を完全には否定しなかった。むしろ、何かを確かめるような、探るような視線をリアンに向けている。
「して、その『見えぬ道』を辿り、『始まりの香り』を探し出したい、と申すか」
「はい、長老様。この謎掛けは、ただの言葉遊びではなく、実際に体験することでしか答えに辿り着けないのではないか、と考えました。どうか、私たちにその機会をいただけませんか?」
私が懇願すると、長老はしばらくの間、目を閉じて黙考していた。
部屋には、囲炉裏の火がはぜる音と、私たちの息遣いだけが聞こえる。重い沈黙の後、長老はゆっくりと目を開けた。
「…良いだろう。ただし、条件がある」
「条件、と仰いますと?」
「ガルムを同行させる。お前たちの監視役であり、同時に、万が一の際の案内役だ。そして、決して森の掟を破らぬこと。特に、狩りの獲物や、聖域とされる場所には手を出さぬこと。これを破れば、試練は即刻中止、お前たちは二度とこの森に足を踏み入れることはできぬ。…それで、良いな?」
厳しい条件だが、許可が出ただけでもありがたい。ガルムの同行は、監視という意味では厄介だが、森に詳しい彼の存在は心強いとも言える。
「はい、長老様。謹んでお受けいたします」
私たちが承諾すると、長老はガルムを呼び、事情を説明した。ガルムは、長老の命令に少し驚いたような顔をしたが、黙って頷いた。彼の私たちに対する警戒心はまだ解けていないだろうが、長老の命令は絶対なのだろう。
こうして、私たちは、ガルムの監視兼案内付きで、「見えぬ道」を探すためのフィールドワークに出かける許可を得た。
翌朝、私たちはガルムと共に、再び響き石のある窪地へと向かった。リアンは、少し緊張した面持ちで、周囲の音に耳を澄ませている。
響き石に近づくと、リアンはやはり顔を顰めた。
「う…やっぱり、キーンって音がする…。でも、今日は前より少し弱い…かな?」
「天候や時間帯によって、石の状態も変わるのかもしれませんわね」
私はノートを取り出し、状況を記録する。
「それで、リアン。その『道』とやらは、どちらの方角に感じますか?」
私が尋ねると、リアンは目を閉じ、精神を集中させるようにして、しばらくの間、じっと動かずにいた。やがて、彼はゆっくりと目を開け、窪地からさらに森の奥深くへと続く、特定の方向を指差した。
「…多分、こっちだ。音が、一番強く、真っ直ぐに響いてくる感じがする」
彼が指差す方向には、特に目印になるようなものは何もない。ただ、鬱蒼とした木々が続いているだけだ。
「よし、行ってみよう」
ガルムが、短く言った。彼は、リアンの言葉を疑う様子もなく、慣れた足取りで先導し始めた。彼ら森狼族の間では、こうした感覚的な導きが、特別なことではないのかもしれない。
私たちは、ガルムとリアンを先頭に、リアンが示す「見えぬ道」を辿り始めた。道なき道を進む、困難な行程だ。しかし、リアンの感覚は驚くほど正確だった。彼が「こっちだ」と指す方向へ進むと、不思議と歩きやすい場所が見つかったり、行く手を阻む障害物が少なかったりするのだ。まるで、森そのものが、私たちを導いているかのように。
「これは…」
エルウィンも、驚きを隠せない様子だった。
「単なる音の方向探知だけではないな。何か、もっと根源的なレベルで、この森と繋がっている感覚なのかもしれない」
リアンの能力は、私たちが想像していた以上に、深く、そして未知のものだった。
私たちは、ひたすらリアンの導きに従って、森の奥へ、奥へと進んでいった。
どれくらい歩いただろうか。日はまだ高いが、森は一層深くなり、周囲の空気も、心なしか神聖なものに変わってきたような気がする。
そして、不意に、リアンが立ち止まった。
「…着いた、みたいだ」
彼の視線の先。木々が円を描くように途切れ、その中央に、小さな泉が陽光を受けてきらきらと輝いていた。泉の周囲には、見たこともないような美しい苔が一面に生え、空気中には、言葉では表現できないような、清らかで、甘く、そして懐かしいような…不思議な「香り」が満ちていた。
「これは……」
私の全身が、その香りに包まれ、打ち震えた。
これが…「始まりの香り」…?




