第6章3節:謎掛けへの挑戦
長老から出された謎掛けは、私の思考を強く刺激した。
『森が囁き、石が歌う時、見えぬ道が現れる。その道の先に眠るは、始まりの香り。…始まりの香りとは、何か?』
長老の家を辞し、客人用の小屋に戻った私は、早速ノートに向かい、謎掛けの言葉を書き留め、その分析に取り掛かった。エルウィンもリアンも、興味深そうに私の様子を見守っている。
「『森が囁く』…これは、比喩表現でしょうね。風の音か、木々の葉擦れの音か、あるいは森に住む動物たちの声か…特定の自然現象や、時間帯を示しているのかもしれません」
「『石が歌う』…これは、ほぼ間違いなく、あの響き石のことでしょう。響き石が活性化する、特定の条件を示唆していると思われます」
「『見えぬ道』…物理的な道ではない可能性が高いですわね。感覚的なもの…例えば、特定の匂いを辿る道、あるいはリアンのように特殊な聴覚を持つ者にしか知覚できない音の道筋、といったことも考えられます」
「そして、『始まりの香り』…これが最も難解ですわね。『始まり』とは、何かの起源を示す言葉。生命の始まりか、世界の始まりか、あるいは…この森狼族の始まりか。『香り』は、彼らの言語における重要な要素。つまり、『始まりの香り』とは、彼らの起源や本質に関わる、何か象徴的な匂い、あるいは概念そのものを指しているのかもしれません」
私は、考えられる解釈を次々とノートに書き出していく。前世で培った記号論や意味論、文化人類学の知識が、頭の中で高速で回転していた。
エルウィンは、私の分析を聞きながら、時折、鋭い指摘を加えた。
「『石が歌う時』、というのは、単に音が鳴るだけでなく、その音が特定の意味…例えば、道を示す信号のような役割を果たしている可能性もあるな。古代の伝承には、音が空間に影響を与えるという記述もある」
「『始まりの香り』についてだが…獣人の中には、祖先の記憶や土地の記憶を、特定の『香り』として継承するという伝承を持つ部族もいる。あるいは、それに関連しているのかもしれない」
彼の知識は、私の考察に新たな視点を与えてくれる。
リアンは、私たちの難しい議論にはついていけないようだったが、それでも何か役に立とうとしているのか、そばでじっと耳を澄ませていた。
「なあ、コハル。『石が歌う』って、あのキーンって音のことだよな? あの音がしてると、なんか、こっちだって、頭の中で道みたいなのが見えるような気がするんだよな…」
リアンが、不意にそう言った。
「まあ! リアン、本当ですの? 道のようなものが見える、とは?」
私は、彼の言葉に飛びついた。
「うーん、見えるっていうか…なんとなくだけど。こっちに行けば音が強くなるとか、弱くなるとか…そういうのが、わかるような…?」
リアンの言葉は曖昧だったが、重要 なヒントが含まれているように思えた。響き石の音は、単なる音ではなく、方向性や強度といった情報を持っているのかもしれない。そして、リアンはその情報を、無意識のうちに「道」として感じ取っている…?
(『森が囁き、石が歌う時、見えぬ道が現れる』…リアンの感覚が、まさにそれを示しているのかもしれない…!)
だとすれば、問題は「始まりの香り」だ。リアンの感覚を頼りに「見えぬ道」を辿ったとして、その先に何があるのか。そして、それが何を意味するのか。
これは、単に小屋で考えていても答えが出る問題ではなさそうだ。実際に「森の囁き」を聞き、「石の歌」を捉え、「見えぬ道」を辿ってみる必要があるのかもしれない。
「エルウィン様、リアン。もう一度、あの響き石の場所へ行ってみませんか? そして、今度はリアンの感覚を頼りに、その『見えぬ道』とやらを探ってみるというのは、いかがでしょう?」
私の提案に、エルウィンは少し考えた後、頷いた。
「…試してみる価値はあるかもしれんな。だが、長老の許可なく勝手に行動するのは危険だ。まずは、我々の考えを長老に伝え、許可を得るべきだろう」
彼の判断は冷静で的確だった。森狼族の掟を破れば、即刻追い出される可能性がある。
リアンは、またあの不快な音を聞くのかと思うと少し顔を顰めたが、「コハルのためなら」と、覚悟を決めたような表情で頷いた。
私たちは、謎掛けへの挑戦を、次の段階へ進めることにした。それは、文献や思考だけでなく、この森と、そこに生きる者たちの感覚を頼りに、答えを探し出す試みとなるだろう。
私の胸は、新たなフィールドワークへの期待で、再び高鳴り始めていた。




