表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【異世界転生言語学探求物語】転生美少女コハルの異世界言語ノート ~前世知識チート? いいえ、好奇心と足で稼ぐ地道なフィールドワークです!~  作者: 霧崎薫
第6章:森の掟と心の香り

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/27

第6章1節:長老の問い

 森狼族の集落での朝は早い。

 夜明けと共に、人々は活動を開始する。狩りの準備をする者、家畜の世話をする者、子供たちの騒がしい声。私たちの滞在する客人用の小屋にも、朝の光と共に、集落の生活音が遠慮なく響いてきた。


 「ふむ…今日も賑やかですわね」


 私は、リアンが分けてくれた木の実(少し酸っぱいが、栄養はありそうだ)を齧りながら、小屋の小さな窓から外の様子を窺った。相変わらず、小屋の周囲にはガルムともう一人の若い森狼族が、腕を組んで立っている。彼らの鋭い視線は、私たちの行動を常に捉えていた。


 昨日の子供との交流で、匂い言語への手掛かりを掴んだような気がしていたが、この厳重な監視下では、さらなる観察や聞き取りは難しい。ノートを開き、昨日の記録を整理しようとしたが、どうにも落ち着かなかった。視線を感じながらの作業は、前世の書斎での研究とは勝手が違いすぎる。


 「なあ、コハル。今日もずっと見張られてるのかな?」


 リアンが、少し不満そうな声で呟いた。彼も、この窮屈な状況に飽き飽きしているのだろう。

 「仕方ありませんわ。私たちは部外者なのですから。信頼を得るまでは、辛抱が必要です」

 私はリアンをなだめつつ、何か状況を打開する手立てはないかと考えた。そうだ、ガルムさんに、もう少し話を聞いてみよう。昨日の子供のこともあったのだから、少しは態度が軟化しているかもしれない。


 意を決して小屋を出て、ガルムに近づいた。エルウィンも興味深そうに、小屋の戸口から様子を見ている。


 「ガルムさん、おはようございます」


 私が声をかけると、ガルムは無言で私を一瞥しただけだった。やはり、警戒心は解けていないようだ。


 「あの、昨日、里の子供さんと少しだけお話しできたのですが…その時、とても温かい匂いがしたように感じました。あれは、どういった意味を持つ匂いなのでしょうか?」


 私は、できるだけ穏やかに、純粋な学術的興味を装って尋ねてみた。


 しかし、ガルムの返答は冷ややかだった。


 「…部外者に話すことではない。長老の許可なく、我らの『香り』を嗅ぎ回ることは許されん。わきまえろ、人間の子」


 彼の声には、明確な拒絶と警告が含まれていた。「香り」という言葉を使ったことから、彼らにとって匂いが単なる生理現象ではなく、意識的なコミュニケーション手段であることを裏付けているようだが、これ以上の情報を得ることはできそうにない。


 「……失礼いたしました」


 私はすごすごと引き下がるしかなかった。やはり、一筋縄ではいかない。里の掟は厳しく、彼らの心の壁は厚い。

 リアンが、私の隣に来て、心配そうに顔を覗き込んできた。


 「大丈夫か、コハル? あいつ、言い方ってもんがあるよな!」

 「いいえ、リアン。彼らは自分たちの文化を守ろうとしているだけですわ。私たちが、それを尊重しなければ」


 内心の落胆を隠し、私は努めて冷静に答えた。


 諦めて小屋に戻ろうとした、その時だった。

 ガルムが、私たちを呼び止めた。


 「待て。長老がお呼びだ。…お前たち三人を、だ」


 その言葉に、私たちは顔を見合わせた。長老の呼び出し。一体、何の話だろうか。許可を取り消されるのか、それとも何か別の展開があるのか。緊張が走る。


 私たちは、ガルムに案内され、集落の中央にある長老の家へと向かった。周囲の森狼族たちの視線が、いつも以上に鋭く感じられる。

 長老の家は、外観も集落で一番大きかったが、中に入ると、その広さと独特の雰囲気に改めて息を呑んだ。壁には、見事な獣の毛皮や、狩りの道具、そして意味不明な模様が描かれたタペストリーのようなものが掛けられている。中央には石で組まれた囲炉裏いろりがあり、部屋全体には、いぶされた木の匂いと、獣の匂い、そして何か薬草のような香りが混じり合った、濃厚な匂いが満ちていた。


 部屋の奥、柔らかな毛皮が敷かれた座に、長老が静かに座っていた。昨日と同じ、厳しくも賢者の風格を漂わせる姿だ。彼は、私たちが部屋に入るのを見届けると、ゆっくりと顔を上げ、その射抜くような瞳で、まず私を捉えた。


 「…コハル、と申したか」


 長老の声が、静かな部屋に響く。


 「はい、長老様」


 私は、背筋を伸ばして答えた。


 「お前は、我らの言葉を学びたいと申したな。…なぜだ? なぜ、そこまでして、異種族の、しかも音声だけではない言葉を知りたがる? お前のその知識は、一体、何の役に立つというのだ?」


 長老の問いは、シンプルだが、核心を突いていた。私の知識欲の根源、その目的を問うているのだ。下手な言い訳は通用しないだろう。私は、自分の心を正直に伝えるしかない、と覚悟を決めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ