第4章2節:エルウィンの目的
響き石についての考察を一段落させ、私たちは再び街道へ戻ることにした。森を出る前に、エルウィンはもう一度、響き石があった方向をじっと見つめていた。その横顔には、単なる学術的な興味以上の、何か強い意志のようなものが感じられた。
街道に戻り、再び東へ向かって歩き始めると、リアンがエルウィンに尋ねた。
「なあ、エルウィンの旦那。旦那は、どうしてそんな古い石のこととか、難しい文字のことばっかり調べてるんだ? なんか、宝探しとか、そういうのとは違うんだろ?」
リアンの素朴な疑問は、私も聞きたいと思っていたことだった。
エルウィンの知識欲は本物だろうが、それだけではない。
何か個人的な動機があるように感じられる。
エルウィンは、少しの間、黙って前を見つめていたが、やがて静かに口を開いた。
「……私の一族は、代々、失われた古代の知識を守り、探求することを宿命としてきた。特に、原初の言葉文明が持っていたという『世界と調和する力』…その知識を取り戻すことが、我々の悲願なのだ」
「世界と調和する力…?」
私は聞き返した。それは、彼が以前口にした「言語に宿る力」という考え方と繋がっているのだろうか。
「そうだ。彼らは、言葉を通じて自然と対話し、世界の理を理解し、調和の中に生きていたと言われている。しかし、『大沈黙』と呼ばれる災厄によって、その知識と力は失われ、世界は分断され、我々は調和を失った。私は、その失われた調和を取り戻すための鍵を、古代の言語や遺跡の中に見つけ出そうとしているのだ」
彼の声には、熱がこもっていた。それは、単なる学者の探求心ではなく、むしろ信仰に近いような、強い信念に基づいた言葉に聞こえた。
「失われた調和を取り戻す…それは、素晴らしい目的だと思いますわ。しかし、エルウィン様、その『力』は、使い方を誤れば危険を伴うのでは?」
私は、彼の言葉に共感しつつも、以前感じた懸念を口にした。
エルウィンは、私に向き直り、真剣な眼差しで言った。
「無論だ。だからこそ、その知識は、正しく理解し、制御する術を知る者によって扱われなければならない。私は、そのための探求をしている。……コハル、君の持つ体系的な言語知識は、その助けとなるかもしれない。そして、リアン、君の持つ感受性は、失われた『声』を聞くための鍵となるかもしれない」
彼は、私とリアンを交互に見ながら言った。彼の目的のために、私たちの能力が必要だと、そう言っているのだ。
彼の目的は崇高に聞こえる。だが、その「力」を求める強い意志には、どこか危うさも感じられた。失われた調和を取り戻すという大義名分が、時に手段を選ばない行動へと繋がりはしないだろうか。
私は、彼の誘いにすぐさま同意することはできなかった。
「エルウィン様のお考えは、理解いたしました。私たちの知識や能力が、何かの役に立つのであれば、協力は惜しみません。ただし、それは、あくまで真実を探求し、知識を共有するという目的の範囲内でのことですわ」
私は、自分の立場を明確にするために、そう付け加えた。
エルウィンは、私の返答に少し不満そうな表情を見せたが、すぐにいつもの冷静な表情に戻った。
「…それで、今は構わないだろう。我々の道は、まだ始まったばかりだ」
彼はそう言うと、再び前を向いて歩き出した。
エルウィンの目的が明らかになったことで、私たちの関係性は少し変化した。彼は協力者であると同時に、その目的のために私たちを利用しようとしている可能性もある。私は、彼との協力関係を維持しつつも、彼の行動には注意を払っていく必要があるだろう。
リアンは、私たちの少し緊迫したやり取りを、不安そうな顔で見守っていた。彼もまた、この旅が単なる冒険ではない、複雑な事情を孕んでいることを感じ取り始めているのかもしれない。




