第3章3節: 響き石の発見
リアンが聞くという奇妙な音を頼りに、森の奥へと進むこと数分。
木々の密集度が少し下がり、小さな窪地のような場所に出た。その窪地の中心に、異様な物体が鎮座していた。
それは、高さ一メートルほどの、滑らかな黒い石だった。全体的に丸みを帯びているが、表面にはいくつもの不規則な穴が開いており、まるで巨大な多孔質のスポンジのようにも見える。石の周囲には、他の植物はほとんど生えておらず、石だけが異様な存在感を放っていた。
「これだ…! この石から、あの音がしてる!」
リアンが、確信を込めて叫んだ。彼は、石に近づくのを躊躇うように、少し離れた場所から石を睨みつけている。頭に響く感覚が、さらに強まっているのかもしれない。
エルウィンは、その黒い石を認めると、目を見開いた。
「これは……『響き石』! まさか、このような場所に現存していたとは…!」
彼の声には、驚きと興奮が混じっていた。
「響き石、ですって?」
私はエルウィンに尋ねた。初めて聞く名前だ。
「ああ。古代文献にのみ記述が残る、非常に希少な石だ。特定の条件下で、人間には聞こえない高周波の音を発し、周囲の他の響き石と共鳴し合うことで、情報を伝達していたのではないかと考えられている。原初の言葉文明が用いた、非音声言語コミュニケーションの媒体の一つかもしれない」
非音声言語コミュニケーション。情報を伝達する石。
なんということだろう。これは、私の探求にとって、とてつもない発見かもしれない。
「人間には聞こえない、と仰いましたが…では、なぜリアンには聞こえるのですか?」
「それは…おそらく、彼が特別だからだろう。あるいは、彼の種族的な特性か、個人的な資質か…。響き石の音は、全ての者に聞こえるわけではない。特定の感受性を持つ者だけが、その『声』を聞くことができると言われている」
エルウィンの説明は、私の推測を裏付けるものだった。リアンは、この世界の「声」を聞くことができる、特別な存在なのかもしれない。
私は、リアンが苦痛を感じない程度の距離まで、ゆっくりと響き石に近づいてみた。石の表面はひんやりとしていて、滑らかだが、よく見ると微細な結晶構造が見える。そして、無数に開いた穴の奥は、暗くて底が見えない。この穴が、音を発する、あるいは共鳴するための構造なのだろうか。
耳を澄ませてみる。やはり、私には何も聞こえない。しかし、石の表面にそっと手を触れてみると、ごくごく微かな、高周波の振動のようなものを感じる気がした。プラシーボ効果かもしれないが。
「エルウィン様、この石は、どのようにして音を発するのですか? 何か外部からの刺激が必要なのでは?」
「文献によれば、いくつか説がある。地脈のエネルギー、特定の天候条件、あるいは…特定の『言葉』、つまり音による励起だ」
特定の言葉による励起。
私は、先ほど遺跡の石柱で見た、あの奇妙な記号――耳を澄ませる人の横顔のような記号――を思い出した。あれが、この響き石と関係があるのではないだろうか?
「もしかしたら…」
私は、ノートに書き写したその記号をエルウィンに見せた。
「この記号に、何か心当たりは?」
エルウィンは、私のノートを覗き込み、眉をひそめた。
「…これは、『古のルーン』の中でも特に解読が難しいとされるものの一つだ。『聞く者』あるいは『目覚めさせる者』といった意味が付与されることもあるが、正確な意味も、対応する発音も不明だ。だが…この響き石と関連がある可能性は否定できない」
謎は深まるばかりだ。しかし、同時に、確かな手がかりを得たという興奮もあった。
リアンの特殊な聴覚。響き石という未知のコミュニケーション媒体。そして、古代遺跡に刻まれた謎の記号。これらは全て、繋がっているのかもしれない。
「リアン、少し気分は悪いですけれど、もう少しだけ、この石の様子を観察させていただけますか?」
「う、うん…。まあ、少し離れてれば、まだ大丈夫だけど…」
リアンは顔を顰めながらも、了承してくれた。
私は再び響き石に向き直り、その形状、表面の質感、穴の配置などを詳細に観察し、ノートに記録し始めた。
この石は、一体何を語りかけているのだろう? そして、その声を聞くことができるリアンには、何が聞こえているのだろう?
私の異世界での言語探求は、音声言語の枠を超え、新たな次元へと足を踏み入れようとしていた。




