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カノック侯爵家のバラ園にあるガゼボに、十人の夫人が集まっていた。
例の十人の妻たちである。
「バッカス子爵家は相当困窮していたようですわ」
カノック侯爵の次男ヘンリーの夫人が優雅に紅茶を飲みながら言った。ロバートにあの娘を紹介したヘンリーの奥方である。
夫たちをまるっきり信用していないわけじゃないが、自分たちに都合のいいように話を作りかえるかもしれない。
それくらいの懸念があってもしかたがないだろう。
よって、妻たちは妻たちなりに調査をしたのだった。
「はじめはね、デートをするくらいだったらしいの。カフェに行ったり、観劇に行ったり」
ヘンリーとエミリーの出会いは、ほんとうに偶然だった。街角で出合い頭にぶつかたのだ。そして、エミリーが持っていたパンを落としてしまったのだ。
「ああー」
落ちたパンは土汚れがついて、もう食べられない。
「どうしよう」
呆然とするエミリーに、ヘンリーが新しいパンを買ってあげた。ただのお詫びだ。
これが出会い。
料理人も雇えない貧乏な末端貴族の娘。事情を聞けば気の毒になる。
かわいそうな娘を少しばかり助けてあげようじゃないか。ヘンリーの自尊心がくすぐられる。
別にエミリーが要求したわけじゃない。ただ、施すという行為にヘンリーが気持ちよくなった。
何度か会ううちに、距離が縮まってくるのは自然なことだった。
やがて関係を持ち、金品をあげるようになった。
そうなると、施しを与えて自尊心を満たす関係ではなくなる。ヘンリーにとってエミリーは金を払って逢引きをする女になった。
だからロバートをはじめ、何人かの知り合いに紹介したのだ。
エミリーもはじめこそ、お手当をもらう愛人のような関係に戸惑っていたものの、やがてそんな感覚は麻痺してしまった。
人数が増えれば、もらえるお金も増える。買いたくても貧乏で我慢していたものが買えるようになる。
それこそが娼婦がすることだとは思いもしなかった。
しかも何の知識もない素人の娘である。妊娠するのも時間の問題だった。
「まあ、貧乏なのは気の毒だとは思うけれど」
ヘンリーの奥方は、ふうっとため息をついた。
「だからと言って、そんなことをしたら自分を貶めることになりますのにね」
「ほんとうですわね」
「レクター夫人はお気の毒でしたわね」
「ええ、ほんとうに。モテる夫を持つと苦労しますわ」
ほほほほ。
乾いた笑いがバラ園に響いた。
「でも、夫たちには心底呆れました。あまりにも人を馬鹿にしていますわね」
夫人たちの愚痴は止まらない。
「わたしも離婚しようかと本気で考えました」
「ああ、わたしもですわ」
「ほんとうにひどい話でしたわね」
夫人たちはうなずいた。
「ばっかみたい」
そして声をそろえて言った。
エミリーはカノック領にある教会へ行った。老牧師夫婦が運営する教会である。孤児院が隣接し、エミリーはそこの手伝いをしながら出産する。
産後も手伝いをしながら、子育てをする。
「このまま王都にいてもろくなことはないでしょう? 生まれてくる子どもだって肩身の狭い思いをするんだわ。かわいそうだもの」
ヘンリーの奥方はそう言った。
「それより知らない土地で噂なんか気にせずに暮らした方がいいでしょう? あきらかに誰かにそっくりな子が産まれても困るしね」
たしかにそうだ。
渡したお金は、エミリー名義で銀行に預けた。こうすれば、使い込まれることもないだろう。
なんだかんだで、ヘンリーの奥方は面倒見がよかった。
ヘンリーは一生頭が上がらないな。
ヘンリーだけじゃない。今回かかわった十人の夫は、みんな頭が上がらない。
おでこに「誠実」とタトゥーを入れてやろうか、なんて話もあったけれど。
次になにかやらかしたら、もうゆるさないからな。
ねえ、ロバート?
「ん?」
そんな念を感じ取ったのか、ロバートが顔を上げた。
ソファでくつろぎながら、子どもたちに絵本を読んでいたロバートは、完全に緩み切っている。
そんな顔を見るのはわたしだけなのよ。
メアリはふんすと鼻を鳴らした。
おしまい