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「関係を持っているのに愛人ではないと?」
ロバートはこくりとうなずいた。
「でも関係を持っているのなら、おなかの子はあなたの子では?」
「ちがうちがうちがう! わたしじゃない。わたしじゃないはずだ!」
なにをもって、そう言い切る。
この期に及んで見苦しい。使用人たちはそう思った。あの夕方の修羅場を見てしまったら、たとえ主といえど同情の余地はないのだ。いまやロバートの信用は、子どもたちがこぼしたスコーンのかけら程度だ。
「まあ、この期に及んで見苦しい言い訳ですわね」
「ほんとうなんだよ。だって彼女が関係を持っているのはわたしだけじゃないんだから」
……………………
なんですと!?
メアリも使用人たちも唖然としてしまった。
「……どういうことですか」
じつは、と始まったロバートの話はとんでもなかった。
バッカス子爵の令嬢エミリーを紹介したのは、パブリックスクールの同級生であるカノック侯爵の次男ヘンリーである。
りっぱな大人となったはずなのに、思春期を共に過ごした仲のせいか、同級生たちが集まるとどうも悪ガキ根性がよみがえってしまう。
困ったものだと思いながらも、それはそれで愉快なのはまちがいない。
「遊びにちょうどいい女の子がいるんだよ」
まさしく悪ガキの発想だった。
「なんだ、ちょうどいいって」
「だから、ちょうどいんだよ。後腐れなくヤれて、別れ際に少しばかりお小遣いをあげるだけさ」
「なんだ、それ。娼婦じゃないのか」
「娼婦とは違うよ。れっきとした子爵家の令嬢だ」
「はあ? なぜ子爵令嬢が娼婦みたいなマネを?」
「さあね、遊びだろ? 娼婦みたいに擦れてなくていいんだよ」
今どきの子は。でもちょっと遊ぶならいいかもな。
それが始まりだった。
たしかに彼女は娼婦のように洗練もされていないし、手練手管というわけでもなかったが、若い体というだけでも価値はあった。
さすがにのめりこむようなことはなかったが、街の連れ込み宿で何度か逢引きをした。
多少色を付けた金を渡せば、よろこんで受け取って帰っていった。
着ているものもあまりいい服じゃないし、化粧もしているのかいないのかわからないほど薄かった。ほんとうにしていなかったのかもしれない。
帰りも徒歩だったし、もしかしたら金に困っているのかもしれない。それなら気の毒ではあるが、自分が口を出すことでもない、とロバートは思った。
妾として囲うわけじゃないからな。下手に同情して勘違いされても困る。
逢引きしたら駄賃を払って終わり。そういう関係。
そこでロバートははっとした。メアリが非常に冷たい目で自分を見ている。メアリだけじゃない。家令をはじめ使用人一同もだ。
不快だったか?
「続けてくださいな」
こころなしか、声まで冷たい。
段々エミリーの服が派手になっていった。化粧も濃くなっていく。派手にはなったが、イマイチあか抜けない。
「そのドレスはどうしたんだい?」
「ええ、買ったの。かわいいでしょう?」
「……そうだね。似合っているよ」
あまりセンスがいいとは思えなかったが、彼女がうれしそうにしていたから、そう言っておいた。
自分とヘンリーのほかにも、金をもらって会う人がいるのかもな。
人数が増えればリスクも増える。ちょっと面倒になるかもしれない。そろそろ引き時かもな。そう思ったのが一か月前。
ヘンリーに聞いたら、彼はとっくに切れていた。
「味を占めたみたいでさ、関係者が増えちゃったんだよ。あれじゃあ、ほんとうの娼婦だよ。リスクが大きすぎるだろう」
やはりそうか。それを聞いてロバートは迷わず彼女を切ることにした。
関係は半年間、会った回数は月一で六回ほどだった。
ロバートにとってはたったそれだけの関係だったのだ。ただの気分転換。
解せぬのはなぜ彼女が自分を父親だと言ったのかだ。ましてや、勝手に再婚するなどと。暴挙もいいとこだ。
「だから、エミリーが妊娠したとしてもわたしの子とは限らないし、ましてやきみと離婚などするはずもない。わたしにとっては、きみと子どもたちがかけがえのない存在なんだから」
「……エミリー」
メアリの目からぽとりと涙が一粒こぼれた。
あっ、しまった。名前など呼んではいけなかった。
「あー、違う違う。だからあの娘は自分でなんとかするだろう。わたしにとって大事なのはきみたちなんだよ。悪かったよ、こんなことはもうしないから」
うつむき加減のメアリは黙ったままだ。
「……ひどい」
長い沈黙の後に、メアリの口からこぼれたのはそのことばだった。
「ひどいわ。ひどすぎる」
涙がこぼれた。
いったいなにがひどいのか。メアリは混乱していた。
たとえ末端とはいえ、貴族令嬢がそんな娼婦のようなマネをしたことなのか。自分の夫がその客だったことなのか。若い娘の体に夫が喜んだことなのか。夫がそんな未婚の娘を軽々しく使い捨てのように扱ったことなのか。立派な貴族面をした男たちが裏ではそんな腐ったマネをしていたことなのか。
悲しい。悲しくて呆れる。
「ばっかじゃないの」
小さくつぶやいたつもりが、案外大きく響いた。
顔を上げたら、ロバートが呆然としていた。
「メアリ……」
ロバートが手を伸ばした。