ベランダ柵に設けられた菊の鉄窓花
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」を使用させて頂きました。
私達台湾人は鉄製飾り格子の事を鉄窓花と呼んでいるけど、その理由は「窓の面格子として使われる機会が多いから」っていう至って単純明快な物なんだ。
例えば高雄駅の旧駅舎の牛眼窓や基隆海港大楼の通気窓には、今でも立派な鉄窓花が塡められているよね。
だけど鉄窓花の役割は、何も窓用の面格子に限った物じゃないの。
建物のフェンスとかベランダとか。
台湾の町を歩けば、色んな所に鉄窓花を見つけられるんだ。
私こと曹林杏の家のフェンスにも、山型模様の鉄窓花が用いられているよ。
私の家みたいに既成の図案の鉄窓花を使っている所も多いけど、文字とか図柄とかに独自性を出した鉄窓花も時々見掛けるね。
そうした鉄窓花を見ていると、家主さん達の拘りを感じちゃうよ。
それを改めて実感したのは、中学に進級してクラスメイトになった菊池須磨子さんの家に遊びに行った時の事だったの。
何しろ菊池さん家のベランダの鉄窓花には、見事な菊の花の図柄と漢字の「菊」の字が組み込まれているのだからね。
「菊池さんの家のベランダって凄いね。今の時代、あんな凝った鉄窓花が残っている家も貴重だよ。」
てっきり私は、あのベランダの鉄窓花を昔からある物だとばかり思っていたの。
それが勘違いだと教えてくれたのは、見送りに来てくれた菊池さんだったんだ。
「ありがとう、林杏さん。だけど私の家の鉄窓花、そんな古い物じゃないの。何しろ私が産まれた年に、リフォームして取り付けた物だからね。」
そう言うと、菊池さんは照れ臭そうに笑ったんだ。
話によると、日台ハーフとして産まれた菊池さんが父方の苗字である菊池姓で生きる事が決まった時、母方の御祖父さんがベランダ柵のリフォームを提案したんだって。
−私達の家族に「菊池」という姓の人間が二人加わった事を記念して、新しいベランダ柵には菊をあしらった鉄窓花を付けようじゃないか。
反対票なんて一切存在しない、正しく鶴の一声だったみたい。
「学校から家に帰ると、真っ先に視界に飛び込んでくるの。あのベランダ柵の菊の鉄窓花がね。それを見る度に、思うんだ。『私のお父さんは菊池という日本人で、日本と台湾の友好関係があったからこそ私は生まれたんだなぁ…』ってね。」
「きっとそうだと思うよ、菊池さん。」
古き良き台湾の建築文化である鉄窓花で表現された、菊池姓の頭文字。
それは菊池さんの御祖父さんなりの孫へのプレゼントであり、愛娘の家族に対する愛情表現だったんだね。