俺のじいちゃんカッパなんだけど、なんか質問ある?
この話に興味を持ってくださり、本当にありがとうございます。
大きな事件や、胸をときめかせる展開が待っている話ではありませんが、主人公のキラキラしたじいちゃんとの思い出の話を、一人でも主人公と一緒に楽しんでくれたら幸いです。
小さい頃、最初に「ん?」と思ったのは、じいちゃんの耳の形が尖りすぎていたことに気がついた時だ。
俺は、カッコウみたいな母親のもとに産まれたから、よくいろんな家に上がり込んでいた。
とりわけよく預けられたのが、母親の実家であるじいちゃんの家だ。
じいちゃんの仕事は川の鮎を捕ることだったから、ほとんど俺はじいちゃんと2人で川にいた。
今思えば、年齢が一桁の子供を連れて来るデカさの川ではないが、当時それが当たり前だった俺は、仕事をしているじいちゃんの邪魔をしないように遊んでいた。
じいちゃんはじいちゃんだから、年もとっていたし、かなりガリガリな方で、いつ川に流されてもおかしくないくらいの見た目だったのに、信じられないほど長い間川にいても平気だった。365日川にいたし、鮎のシーズンが終わっても毎日川に来ていた。
俺はいつも、一度潜ったら1時間は陸に上がってこないじいちゃんのことを、遊びながらも心配して待ち続けていた。
おかしいとは思わなかった。
だって、俺の常識では『じいちゃんは川に潜っても元気な生き物』だったから、他の家のじいちゃん達もそんな感じだと疑っていなかった。
俺は幼稚園でも、じいちゃんの話とか、いつもどこで遊んでるとか、他の奴らと話したこと無かったから、そのまま『じいちゃんは川が好きだな』くらいの感想で小学生になった。
じいちゃんは、鮎をバカほど捕るのに自分は食べなかった。
天ぷら用のサイズの鮎を業者に売っていたから、サイズが大きすぎたものは、全部俺のご飯としてもらうことができた。
俺は、この鮎が大好きだった。
小学校の最初で活き造りをマスターするほど鮎をさばいてきたし、いろんな調理法で食べてきた。
今だからこそ、小学生のはじめにガチの包丁を持たせて放置している違和感を感じられるけど、当時は当たり前だった。関市の刃物はかなり切れる高価なものだから、緊張して握っていたのは覚えている。
そのくらいの頃、ようやく俺はじいちゃんって潜ってるの長すぎね?と思うようになった。
自分達が授業でプールを始めたのも大きかったのかもしれない。
俺はクラスで一番長く潜れたけど、1時間なんて無理だった。
そしてある日、ふと隣で網から鮎を外しているいつものじいちゃんの横顔を見たとき、じいちゃんの耳がかなり変わった形だと気がついた。
今の俺が例えるとしたら、ファンタジーアニメに出てくるエルフとかの耳を、小さくした感じだ。
当時の俺は、じいちゃん耳尖ってね?くらいで、本人にその事を伝えることもなく、疑問という概念にすらならなかった。
でも、それをきっかけに「アレ?じいちゃんって普通の人より〇〇じゃね?」と思うことが増えていった。
潜ることの長さもだけど、指の間の水かきもなんだか大きい気がする。
あと、本当に体力がありすぎた。
見た目はガリガリだし、体重だって48キロしかなったのに、1日中ずっと動いていた。
雨の日は流石に川には入らなかったけど、毎回川の様子は確認しに行っていたし、1週間に1回は車でも1時間近くかかるお千代保稲荷という神社へ通っていた。
家の近くにもいっぱい神社はあるのに絶対にそこだったし、そこではいろんな屋台が出ていたのに、お参りと草餅しか買わなかった。
俺は、その草餅以外の草餅を食べたことがなかった。
じいちゃんは、食にかなりこだわりがあった。
川でしじみを取ってきて味噌汁を作るけど、絶対にしじみは食べなかった。
しじみは俺が全て美味しくいただいた。
肉は食べてるとこを見たことがないし、生きた魚介類しか買わなかったのに、それすら直接食べるところをみたことがなかった。
鮎にしろなんにしろ、めちゃくちゃ触ってはいるから、触って何か吸収できているのかもしれないとぼんやり思うようになった。
肌も焼けた肌色だし、きゅうりが特別好きとかでもなかったし、頭に皿が付いてるとかなかったけど、俺が小学校の最後の方には「じいちゃんってカッパかなんかだろうな」とは思うようになった。
じいちゃんは、俺が大きくなっても全く見た目も体力も変わらず、じいちゃんのままだった。
変わっていったのは俺の方で、俺もかなり泳げるようになり、広すぎて流れの急な川にも臆することなく泳ぐようになった。
底のほうが美しい翡翠色の川は、いつ見ても不思議だ。
同じ場所なのに、上と下では流れる速さも違う。温度もびっくりするほど違うから、知らずに夏休みだけ飛び込みに来る人達は、毎回何人か死んでいた。
でも、俺にとってはすべり台のようなもので、川の流れに任せ押し流されるのを楽しんでいた。
どの角度から見ても、川の中は美しい。
石も全て丸くて、たまに山からの鉱物がキラキラと光っていて、音は心地よくて、飽きることなどなかった。
寒くなって唇が紫を越しそうになっても、日向に上がればすぐ暖まる。
俺とじいちゃんは、一緒にいるときのほとんどの時間を川で過ごした。
じいちゃんはほとんど喋らなかったし、子供が苦手だったし、愛情表現とかなかったけど、俺がそばにいることを許してくれるくらいには大事に思ってくれていたんだと思う。
雨の日は、陶芸をしているじいちゃんの横で切れ端の粘土をこねて遊んだ。
朝は、コーヒーを豆から挽いて飲むじいちゃんの、コーヒー豆を挽く機械をゴリゴリと手で回すのを手伝ったり、鮎用の網の綻びや切れているところを修理したり、田んぼでイナゴを取ってこいと言われて取ってきて、焼いてくれたけどじいちゃんは食べなかったり……、川以外でもじいちゃんとできることが増えていった。
じいちゃんは、陶芸でカッパの置物とフクロウばかり作っていた。
カッパ達は、囲碁をしていたり、家族で笑い合っていたりと人間臭くて、昔話や妖怪図鑑にでてくるように、きゅうりを食べたり相撲してたりする奴らが逆に一体もいなかった。
見た目がじいちゃんに似ているわけではないカッパ達を見ながら、やっぱりじいちゃんは本当のカッパを知っているんだろうなと思った。
逆に、誰がきゅうりを好物だと言い始めたんだろう。
たまたま、そのカッパの好物だっただけで、全カッパの好物だとは限らないと誰も思わなかったのだろうか。
じいちゃんが最初に見つかっていたら、きゅうりじゃなくコーヒーになっていたんだろう。
そういえば、相撲をしたところを見たことは一度もないけど、テレビではよく見ているなと、今まさにテレビで相撲を見ているじいちゃんのを見る。その後ろ姿は、普通の人なのにやっぱり耳だけ尖っている気がした。
俺は、耳も、水かきも、じいちゃんと似ていない。
陶芸のセンスもないし、体力もちょっと多めなだけだし、普通に風邪とかもひくし、全然じいちゃんに似てなくて悲しかった。
でも、このじいちゃんが俺のじいちゃんなのは本当に嬉しい。
だから、いつか…
信じてもらえなくても、誰かにじいちゃんのことを自慢できる日がきたら、嬉しい。
俺の話を何人聞いてくれるか分からないけど、一人でも良い、じいちゃんの自慢をしたかった。
質問されても全部答えられるように、俺はこれからもじいちゃんにくっついて日々を過ごす。
俺のじいちゃんカッパなんだけど、なんか質問ある?
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
皆様の目に止めていただけたことが作者にとって一番嬉しい出来事です。
この幸せ分の幸せが、読んでくださった方にも訪れますように