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2.大人になりきれていない大人

◆◆◆◆◆


 翌15日、昼間のうちに地元の僧侶に枕経まくらきょうをいただいた。

 その日の夕方に通夜を営んだ。

 家族葬だと固辞しているにもかかわらず、充子と親しいご近所たちが集まり、喪服姿の家族に頭をたれ、焼香をしてくれた。


 明けて16日水曜日、僧侶を自宅に招き、10時から葬儀式を行った。8畳の仏間で祭壇を組み、寝棺ねかんを据えてあった。

 式の最中、ちょっとした騒動が起きた。

 兼光と綾女の態度に、充子の堪忍袋の緒が切れたのである。


 兼光は喪主なのに、僧侶が読経しているあいだ、あまりの退屈さからスマートフォンをいじっていたのだ。妻まで同じことをやっていたから開いた口がふさがらない。

 仕事のことで急を要する連絡ならいざ知らず、通常は電源を切るか、マナーモードにするのが社会人としてのマナーであろう。


 充子が問いただすと、他愛もないSNSの書き込みと、レスをチェックしていたにすぎなかった。

 綾女など、自身が運営している料理レシピサイトを見ていたらしく、コメントの返信をしていただけだった。

 ふだん温厚な充子でも、さすがに声を荒らげて叱責した。




 実はこの二人――前日にも充子に、きつく注意されていた。

 というのも、早朝、納棺師に来てもらい、奈桜の死化粧を施していただいた。毒物による不慮の死だったので、特有の顔色の悪さは見るにえなかったのだ。


 納棺師の技巧に、一家は手を叩いて喜んだ。奈桜の顔は、生気を取り戻したかのように見ちがえるようであった。

 棺におさめた長女を、兼光と綾女は、せっかく最後の記念だからと、スマホのカメラで撮影しはじめたのだ。

 いくら我が子とはいえ、ご遺体を写真におさめるのは、いささか不謹慎すぎる。

 しだいに嬉々とした撮影会になったから、祖母が怒るのも無理はない……。


「奈桜、大人びたメイクしてもらって。よかったな!」


 と、兼光は歯を見せて、パシャリ。


「このままいけば、きっとみんなが羨む美人になれたのに――私に似て」


 綾女は哀れみながら、パシャリ。


「さすが、元ミス・インターナショナル世界大会に選ばれたママだけあるな!」


 ふたたびパシャリ。


「勉強だって、できたのにもったいない……。なんで、こんなふうになっちゃったんだろ。わからないものね、人生って」


 綾女は棺に手を入れ、長女の髪を撫でてやりながら片手でパシャリ。

 と、シャッター音を響かせて撮影するのだが、そこには悲嘆に暮れる親の姿はなく、まるで成人式でのひとコマのようなノリなのである。


「ええ加減にせんか! あんたたちに落ち度があったから、この子を死なせたんとちゃうんか!」


 見かねて、充子の口からきつい言葉が突いて出た。

 ようやく二人は我に返った。

 ともに42歳の夫婦は、項垂うなだれ、謝った。

 スマホのデータを削除し出した。いくらなんでも、たった18で逝った娘のこのような姿を記録して、なんの慰めになるというのか。


 ――にもかかわらずである。

 通夜での騒動は、弔問に訪れていたご近所にも目撃され、神応寺家は恥をかいたのだった。

 年かさの僧侶は喪主らをふり返り、片方の太い眉を吊りあげ、咳払いしたあと、読経を続けた。


◆◆◆◆◆


 そんなひと幕もあったが、告別式はきっかり1時間で終わり、いよいよ出棺となった。

 喪主である兼光をはじめ、集落の老人たちが担ぐことになった。

 寝棺の両側に4人がつき、計8人で持ちあげ、屋敷の縁側から外に運び出した。


 棺が出されると、老女が畳の上をほうきで掃くような仕草をした。

 庭に出てから、兼光は担ぎ手を代わった。喪主は位牌を手にして、葬列の前を歩かねばならないからだ。

 家の前には、車4台ばかりが停められるスペースがある。


 敷地を、担ぎ手たちは、時計まわりに三周まわった。これは故人の方向感覚を狂わせることで霊魂を迷わせ、現世に帰ってこられないようにするための儀礼だとされている。

 共同墓地までは、武蔵地区から約1キロの道のりだった。一家は年末年始に訪れるたび、墓参りに足を運んでいたので歩き慣れていた。


 ただし、沙月にとっては葬列の参加は初めての体験。祖父は沙月が生まれる前に病死し、すでに土中の人となって久しい。

 その日は雲ひとつない晴天だった。

 ただしだるように暑く、目的地に着くまではたらふく汗を流すことが予想された。


 いかんせん、担ぎ手の足りない人口過疎地である。

 寝棺を担ぐのは老人ばかりだった。ふだんは年金暮らしか、農業か林業、建設業を営んでいる人たちだと口々に自己紹介した。


 そのなかで、いちばん若いと思われる60前後の男が印象的だった。唯一、何者であるか名乗らなかった。――身体つきも大きく、白い無精ひげをはやしたいかつい風貌で、目つきが険しい。

 一人だけ、肩に細長いケースをさげたまま棺を担いでいるのだ。さぞかし邪魔になるだろう。が、男は気にしているふうもない。


 沙月は、男の肩にかけたケースを見つめた。

 バイオリンケースにしては細すぎる。さらに長いものを収納しているようだ。


 やがて、誰かが合図するまでもなく、野辺のべ(おく)りがはじまった。

 武蔵地区の道幅の狭い田舎道を、山に向けて練り歩く。

 家屋は少ない。両側の田んぼには稲穂が垂れさがる時期だった。

 あぜ道はきれいに刈られている一方、高齢化が進んだせいか、荒れた畑も少なくない。

 山深いT村でも、とりわけ武蔵地区は小高い山に囲まれ、隔離されたような細長い集落だった。


 集落を出入りできる道はひとつしかないため、土地勘のない旅行者なら、まさかこんな一方通行の先に家々があるとは思わないだろう。

 神応寺家らのすぐ間近に、針葉樹の密集した山影が視界いっぱいに広がっていた。

 セミの声が、あたり一帯から降ってきた。




 葬列の先頭は武蔵の区長がつとめた。

 昼間だというのに松明たいまつを赤々と燃やして歩く。これは弔いの聖火だという。道を清める意味でもあると、70代の区長は神応寺家に教えてくれた。


 そのあとを兼光が位牌を持ち、下を向いたまま続く。

 沙月は遺影を持たされた。両親は喪服姿だったが、沙月は学校の制服をつけていた。

 充子は黒の和装姿で、杖と草履を持つ役だった。これは死者が旅立つために身に着ける品だという。

 箸を一本立てた飯碗めしわんは綾女が受け持った。複雑な顔つきをしている。根っからの都会育ちからすれば、ナンセンスに感じずにはいられまい。


 僧侶はその次に続いた。おりんを鳴らしながら歩く。

 『諸行無常』と書かれた白い四本幡しほんはたのぼりは、古老の2人がかかげていた。

 そのうしろに、8人の担ぎ手たちが寝棺を抱え、ゆっくり歩く。いずれも喪服の上に白い半纏はんてんをつけている。昔は白装束で葬儀に臨んだのだ。白い半纏はその名残りらしい。担ぎ手たちは、どうしても歩幅が小さくなりがちである。


 暑さからだけではない。万が一がつまずいて棺を落としてしまう失態は許されないのだ。すでにどの面々も大量の汗を滴らせていた。


 あとは提灯ちょうちんを手にした者、篠竹しのたけにロウソクを立てた者など、用途のわからない野道具のどうぐや、竹や紙で作った葬具を手にしている老人老女が5人。――家族葬とはいえ、棺を土中に埋めるには、どうしても人手を要するのだ。

 米や紙吹雪、小銭をく役割の古老までいた。


「ホ――――イ、ホイ! ホ――――イ、ホイ!」


 と、かけ声をあげて花籠はなかごを揺すると、中から硬貨がバラ撒かれた。

 路肩で待機していた3人の子どもがしゃがみ、手を伸ばす。

 10円玉が多く、100円も混じっていた。なかには500円硬貨を見つけたと、男児が嬉しそうにはしゃいでいた。

 お盆だから里帰りした家族だろう。かたわらには若い両親らしき男女がいて、笑顔で見守っている。


 炎天下のなか、葬列はのんびりと進んだ。

 寝棺の担ぎ手たちが遅れないよう、歩調を遅くする必要があったのだ。

 やがて、武蔵地区のはずれまで来ると、野辺送りを見学する近所の人たちも見えなくなった。

 僧侶が鳴らすお鈴に耳を傾けながら、誰もが口をつぐみ、歩く。そのころには花籠の硬貨も切れていた。子どもも追ってこない。

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