身勝手な言い訳
前回のあらすじ
また別の不審者(一部透明)が現れるー。
”私”は不安になって見栄が取れちゃったー。
仕方ないねー。
「じゃ、泣き止んだとコろで本題に移ろうカ」
「っ…はい、ごめんなさい」
未だ呼吸を整えるために鼻を啜り、擦り過ぎた目尻が腫れているような感じがしながら話を聞く。
「とりあエず軽く自己紹介でモしておくね、ワタシは緑の。そこニ立っている彼は黄色の」
「…それって、名前…なんですか?」
「?名前はワタシや彼にナいよ。ワタシや彼のよウな存在は種族名か、大雑把な識別名くらいデ認識できるかラね」
…それは随分寂しいのではないだろうか。
と、心の中でポツリと呟く。
名前というものは誰か一人のために与えられたプレゼントのようなもので、人間であれば親に生まれる前から決めて貰うことすらある。ファンタジーに登場するキャラや、ゲームであれば敵キャラにも名前というものは存在している。
それこそ某ファンタジーと名前が付いていながら、プレイヤーからファンタジーじゃないと言われたあのゲームですら敵に名前を付け、現代では懐かしくも感じるドットを作り、プレイヤー達は遊んでいる最中にその敵に出会う。
そして強力な敵であればストーリー中に登場し、話の流れに危機感を加えてくれるのだ。言わば、物語の中における緊張感や不安を煽る為のスパイス。
「君もサキュバスという種族名があルように、ワタシや彼の種族は種族名や大雑把な区別名があれバ区別できるクらいに数が少ない」
「でも…それは…」
「事実我らに名前を付けられるくらいの存在は、同種くらいしかおらぬ。しかし同種も人間や他種族と交わったことで今やその血が薄く、純粋な同族は我と緑の…あとは青のしか存命していないのだ」
ここまで聞いていると…名前を付ける必要はないのではないか。
とも感じたが、その考えを瞬時に振り払って目の前の二人の名前を考える。
だってそれは現代で例えるならば、少し珍しい毛色をしている猫を猫と呼んだり、他の犬とは見ただけで分かる差がある犬を、犬と呼ぶような……とても虚しいものだから。
最初に森で会ったイケメンを見て、彼自身に合いそうな名前を、頭の中に仕舞われている情報から絞り出す。これでも伊達にアニメオタクしていないので、ある程度のアイディアは出てくる。
サラサラとしていそうな長い金髪、細い瞳孔を囲む金色の虹彩の両目、そして誰も信用しないとばかりの半目ながら眼光を縁取っている薄い隈。
…全体的に見ても、見た相手に対しての反抗心や敵対心のような印象を受ける。まあでも、だからと言ってありふれてそうな名前を付けたら可哀想だし…。
そして二番目に森で会った、身体全体がほんのり透けている中性的な子供。
その容姿もあって、ほとんど幽霊関係の名前しか連想できないが、最初に会ったイケメンと同族みたいだから、近しいものから名前を構成したい。
天然パーマが掛かった長髪と、口元しか見えないくらいに伸び切った前髪、目に優しくありながらも暗い印象を与える深緑の髪。前髪からわずかに見える、瞳孔が細長い薄緑の目。
…というか金髪イケメンと同じようなボロ布を着ているが、明かにサイズが合っていないせいで引き摺っていた。
「じゃあ…そこの金ぱつの人はアトラスで、もうかたほうの人はヒュアですね」
語源は、ギリシャ神話を着想を得たらしい名前を持っていたアニメのキャラからだ。まあ…元々は一時期そのキャラを推していて、名前の語源があると聞いて調べたことがあった。まあ、そのキャラとは別の名前だけど…。
金髪イケメンの方に付けた名前…アトラスとは、「支える者」「耐える者」「歯向かう者」を意味している。
そもそも目元の隈や気だるげに見える半目にも関わらず、目線の先にいる相手を常に疑うかのような眼光は、半目の気だるげさを打ち消してしまうくらいに鋭利だったから。
多分元になったであろうギリシャ神話に登場する人物は、アトラースというティターン神族の者で、アトラースを含めたティターン神族は、ゼウスを始めとしたオリュンポスの神々に敗れた。
そしてその指導者だったアトラースは罰として、世界の西の果てで天空を背負う役目を与えられてしまった…と言われているらしい。
「……エ?……ワタシや彼に名前を付けるのは」
深緑色の髪をした子供に付けた名前…ヒュアとは、省略後の名前で元は確かヒュアキントスという名前。ギリシャ神話に登場する美少年の名前らしいが、作中で亡くなったのか…死後はヒヤシンスの花になったとあった。
多分元になったギリシャ神話の作中で死亡してしまったらしい美少年と、同じ結果になって欲しいわけではないけど…。死後に変わったというヒヤシンスの花にある花言葉の一つには、悲しみを超えた愛という言葉がある。
…まあ、幽霊のような外見になってまでこの森に居たい理由があるんだと思って、名前を考えた。
「付けてないです。わたしがかってに言ってるだけです」
「………屁理屈だな」
そんなこと、私が一番分かっている。
分かっているが…。
ここまで考えておいて、「はい却下」も何だか気に食わない。確かに若干ありきたりではあるけれど名前がなかったり、互いの容姿に関連するもので認識し合うだけなのも、風情を大事にすることが多い元日本人としては引っかかるものがある。
「…なら、代わりにわたしに名前をください。わたしといぜんのわたしとのくべつを付けてください」
まあ、いつまでも名前がないと困るのは私も同じだ。何故なら私が昨日心の整理を付けている時、不意に前世の自分の名前を思い出せないことに気付いてしまった。
前世の両親とはさほど仲が良かったとも言えないけれど、幼い前世の私だけにくれた名前を私は忘れてしまった。
ある意味前世の世界へ私なりのケジメであり、二人を裏切ったという私との区別の方法だって、新たな名前を貰えば簡単にできるだろう。
……それに、カサンドラはティファニーではない人間が、ティファニーと名乗ることをよく思わない。きっと。
「……そう、だもンね。君も、ワタシや彼も……少しずつ変ワってるからね」
「なら、お前の名前はテオ……テオドラだ」
…何たる皮肉だろう。
つい、そう思ってしまった思考を、ぐちゃぐちゃにした紙ゴミのように頭の端に追いやる。
「……わたし、男じゃないです」
「意義は認めん」
勝手にイケメ…いや…アトラスに付けられた名前に意義を申していると、クスクスとそれを見ていたヒュアが笑っていた。その姿を見て、私の面食いの性が全開に出て惚けた。
だってヒュアという名前を付けるくらいには、ヒュアは酷く綺麗だから。美しいという言葉よりも、綺麗という言葉が自然に出てきてしまうくらいに、その容姿は自然的なものに感じられた。
「おい、何故笑う緑の」
「イーや?ワタシはヒュアだから、緑のじゃなイよ」
まるで、フツーの子供が公園で遊んで笑うかのように、柔らかくて穏やかな笑顔だった。
幽霊のように身体が透けていることの推察が、本気で分からなくなるくらいの笑顔は、ヒュアに何があって身体が透けるようになったのか、と聞けなくなる程…背筋に悪寒を感じた。聞いたら、戻ってこれないような気がして恐ろしかった。
「おい!」
「テオ、君とは仲良くなレそうだね」
そんな中、ヒュアと名前を自称したばかりな子供の、酷く嬉しそうな笑顔が向いている方向へ目線が勝手に移動する。
その先に立っているのは一人の男であり、男が変化していることに対して喜んでいると捉えていいのかな…?真意は私に分からなかったが、いつかヒュアに理由を聞いてみたいと思った。
【アトラス】
以前のティファニーを知っているが、以前のティファニーには裏切られている。金髪長髪、細い瞳孔の金眼とイケメンであるが、何らかの理由によって森に誰かが入り込むことを嫌う。全体的に口調が古臭く、義理堅いが故に面倒臭い時もある。あまり大事なことを先に言わない。怒ると怖い。