表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

[1]出し惜しみせずにホムセン召喚

「……ということで、ユスティーナとかいう天使(アバズレ)のせいで、俺の意思とは無関係にこっちの(イズール)世界に転生したわけだ」

「……いや、アンタの事情は事情として同情するけど、それよりもアタシら元勇者パーティの一員としては、勇者様が魔王を斃した余波で世界が滅んで、全世界で百五十人しか人族が生き残ってないとか、ユスティーナ様が神力を喪ってこの世界を離れているとかいう方が遥かに深刻な話なんだけど……」


 元勇者パーティの予備メンバーだったという――なんでも主力は《勇者》、《聖騎士》、《聖女》、《大賢者》の四人であったが、相手に応じて適時入れ替えが可能なように、常に十人ばかりのその道のスペシャリストが同行していたそうで――そのうちの一人で《女盗賊(シーフ)》だというマーシィと名乗った十六、十七の小娘が呻いた。


 現在は石を組んだだけの(かまど)に枯草や枯れ枝を入れ、器用に火打石で火種を付けて燃やした炎に、そのへんで拾ってきた燃えそうな廃材をくべながら、私物だというキャスケットのような鍋やフライパンとして色々兼用できる調理器具を乗っけて、非常食だという石みたいに堅いパンと干し肉を塩味だけで煮込んだオートミールもどきを手際よく作っている。


 その焚火を囲んで『ユスティーナ』という名前に反応して、わずかに生気を取り戻した《聖女》(元を付けるべきだが、現地人ましてや勇者パーティの元メンバーにとってはいまだに聖女様であり、なおかつ帝国とやらの皇女様であるらしいので、迂闊(うかつ)に軽々とした態度は取れないらしい)が、のそのそと枯草で作った日よけの後ろから這い出してきたが、挨拶をして自己紹介ついでに始めた俺の話が終わるや、全身にズシーーンとした影を背負ってなおさら落ち込んだようだった。


 まあもと女神の信奉者であり、スキルだとかチートだとか浴びるほど貰っていた手前、

「魔王斃したからもうサービスはおしまいね。全部なくなるから。あとイズール世界の復興とか興味ないんで、後は野となれ山となれでよろしくね~☆彡」

 要約するとそういった内容な言伝を残し、実際スキルもチートもレベルも経験値もリセット(復活はない)された身としては遣る瀬無いどころの騒ぎではないだろう。


 とは言え部外者がどうこう言う話ではないのでほっとくことにして、自力での復活を願うしかないのだが……。


「ほい、最後の食糧よ。大事に食べてね。――ささ、お口汚しの粗食で申し訳ございませんが、聖女様もどうぞお体のために体力をつける薬と我慢してお召し上がりください」

 さすがに飯盒とかはないようだが、基本的な携帯器具の形状は地球と大差はないようだ。

 ちなみに飯盒炊爨(はんごうすいさん)飯盒炊飯(はんごうすいはん)だと間違って覚えている日本人は結構多い。


 あり合わせの材料で作ったオートミール()を蓋に(すく)って半分を聖女に、容器に残った半分を俺の方へ差し出すマーシィ。


「ん……んんん? 三等分――三人で分けるわけじゃないのか?」

 三等分で通じない可能性があったので言い換えてマーシィに尋ねると、彼女は平然とした態度で手を振った。

「あ、アタシは先に食べたから大丈夫」


 大丈夫じゃないだろう! 明らかに消耗しているだろう!? ついいま『最後の食糧よ。大事に食べてね』って言ったばかりだろうが! ったく……この極限状態で、子供がやせ我慢するんじゃない!!

 憤りとともに俺はオートミール()の入った容器をマーシィに突き返した。

「悪いけど、異世界で異世界の食材を迂闊に食べるわけにはいかないので、コイツは返しとく」

「なっ……何よ、アタシが変なモノ食べさせると思ってるの!?」


 沽券(こけん)にかかわるとばかり、口を尖らせるマーシィに向かって、俺は彼女の矜持(きょうじ)を傷つけないよう、自明の理……と言う風に平然とした口調(を装って)で言い含める。


「そうじゃなくて。こっちの世界でも水が違えば、種類が違えば腹を壊したり毒になることもあるだろう? こっちは異郷どころか異世界から来たわけだから(まあ転生らしいので、基本この世界の人間と身体構造や味覚は同じだとは思うけど)万一に備えて口にするものは吟味する必要があるわけだ」

「……確かにそれはあるわね。まして体が不調になっても治してくれるアントワネット様は、使いものにならない(ポンコツな)わけだし」

 食欲だけはあるのか、蓋によそわれたオートミール()を、小鳥が摘まむようにチマチマ食べている聖女を一瞥して頷くマーシィ。


「本来なら可食性テストといって、八時間の断食後、腕とかの手の甲に十五分間食べ物を乗せて変化がないか確認し、次に唇に当てて三分間。腫れ痛み痒みなどがないかを確認するんだが」

 そう説明を始めたところでマーシィが不得要領(ふとくようりょう)な表情で質問の手を上げた。

()()()()()とか()()()()()()とかってなに?」


「あ、そうか。時間に対する観念というか指針が違うのか」

 世界が違えば単位が違うのも当然である。

 見た目がほぼ地球人と変わらないので(マーシィに関しては髪の色が小豆色で目の色が赤いとか差異はあるが、言葉も通じるためにコスプレした女の子くらいの認識でいた)頭から抜けていたが、考えてみれば人類初の異世界人とのファーストコンタクトなんだよなー。

 人によっては興奮する場面かも知れないが、俺的には「へ~」といった程度の感慨しかない。


 ともあれ説明を続けるために、俺は地面に棒を一本立て、その周りに円を描いてさらに目測で二十四等分した。


「この棒の影が移動して、この線にかかったところで一時間。一分間はえーと……だいたいこうやって脈を計って七十前後数えたら一分ってところかな」

 大雑把な説明な上に、この世界が天動説か仮に球体であったとしても自転が同じという保証はないが、とりあえず異世界について『地球と大して変わりない』と最初に説明したユスティーナの言葉を信じて(というよりも責任の所在はアイツに任せることにして)、そうマーシィに語って聞かせる。


「へー、ほ~~お……!」

 目から鱗という表情で、幼児のように立てた棒の影を凝視したり、自分の脈拍を確認するマーシィ。


 関心が薄れたのは確かだけれど、半分は聞く耳があるようなので俺は可食性テストの続きを話す。

「で、何もなければ少し取って十五分間舌の上に乗せてみる。問題なければ一旦吐き出し、次に少量を口に入れて十五分間咀嚼する。特徴的な辛さ、舌の痺れ、痒み、不快感などを感じたら毒がある可能性があるので食べるのは諦めて吐き出す」

「面倒臭いわね」

「死ぬよりはマシだろう」

「毒でも腐ったものでも、腹に入らなきゃ死ぬからイチかバチかで食べてたけど、スラムの子供たちは」

 何やら思い出した顔でマーシィは肩をすくめた。

「ま、毎日誰かしらバタバタ死んでたけど」


「そういうギャンブルをしなくていい環境にあるだけましか……問題がなければ少しだけ飲み込んで、八時間じっとして様子を見る。 もし異常を感じたら直ちに嘔吐して吐き出し、大量の水を飲んで休む」

 これを繰り返して量を増やして安全なのを確認することを可食性テストというのだ。


「ま、時間もかかるし俺としては手っ取り早く、拠点や食料、道具などが揃っているホームセンターを設置したいところなんだが?」

 最近のホムセンは保存食や酒、飲料水なども大量に在庫があるので期待したいところである。

 コンビニやスーパーとかを要望しなかったのは、生鮮食料品があっても電気がない以上遠からず腐るのが目に見えていたので、基本的に長期保存を目的とした製品を置いてあるホムセンの方が何かと便利だろうと判断したからに他ならない。


「ユスティーナ様の最期の神器……でも一回きりの使い捨てなんでしょう? そんな安易に使ってもいいわけ?」

 畏れ多いと言いたげなマーシィだが、俺は『虎の子』『秘密兵器』なんぞ取っておくよりもサッサと使ってなんぼのイケイケ精神旺盛な男である。

 だいたい実物を見ない事には今後の方針が立てられないだろう。

 そもそも俺はあの天使のことをまったく信頼していないため、いきなり使うことに何ら躊躇(ちゅうちょ)はなかった(ホームセンターと言っても日本限定とは限定しなかった以上、アメリカのホムセンや下手をすれば発展途上国のホムセンの可能性もあるわけなので、正直不安しかない)。


「とは言え1000平方メートルというと正方形でも一辺が31.6mだし、ホームセンターの構造上長方形の場合が多いだろうから、20m×50mとなったら最低限その長さの平地が必要だからな。かと言ってこの浜辺に建てたら満ち潮の時に水没するので、ある程度安全が確認できる場所を探してからになるか……」

 そう俺が独り言ちると、オートミール()を手にどうしようかと躊躇していたマーシィが弾かれたように顔を上げた。


「あ、それならこの周辺の地図を書くので回って見てきた範囲に良さそうなところがあるわ」

 渡りに船の提案にさっそく現地を確認しようとマーシィにオートミール()を食べるように促そうとしたところ、近くに堆積している瓦礫の残骸あたりから「にゃ~……」というひもじそうな猫の鳴き声がした。

「あ、ジャスパー……」

 途端にその声に反応する聖女。


「ジャスパー?」

「アントワネット様が飼っていた猫よ。例の異変以来行方不明になっていたけど、生きてたのね」

 ああなるほど、と思ったところでその聖女がウルウルと潤んだ目で、意味ありげに自分が食べ尽くした空っぽの食器(フタ)と、まだオートミール()が残っているマーシィの分とを見比べるのだった。


 うぜぇ……。


「……はいどうぞ、アントワネット様。ジャスパーに食べさせてやってください」

「ありがとうマーシィ、大好き♪」

 ため息をついて鍋ごと渡すマーシィと、良心の呵責を感じることなく嬉々として受け取る聖女。


 俺としては釈然としないものを覚えながらも、受け取ったマーシィが自分の食事をどうしようと文句を言う筋合いはないので、餌を片手に猫を呼び寄せようと夢中になっている聖女をその場に置いて――一応マーシィは一言断りを入れたが、当然のように聞き流された――マーシィの案内で、拠点を置けそうな場所の下見に出ることにした。


「ジャスパー、出ておいでなさい。美味しくない、豚の餌以下の代物ですけど、ご飯ですよ~」


 聖女の殴り倒したくなる文字通りの猫なで声を背中で聞きながら、俺は前を歩くマーシィに思わず同情と呆れ半分の声で話しかけた。

「ああまで甘やかすことはないと思うんだけどなぁ。俺の世界には『働かざるもの食うべからず』って言葉があって、自分の食い扶持もどうにもできない人間はほっとけばいいと思うんだが?」


「その言葉はよくわかるわ。ま、これまでは救助の手が入る可能性を視野に入れて面倒見てたけど、無理っぽいからアントワネット様にはなんとか自立してもらいたいんだけど……無理かな?」

「無理だろう。とりあえずできそうな仕事は与えるつもりだが、俺はこの世界の人間でも帝国とやらの国民でもないので、身分だの特権だの無関係に一個人として扱わせてもらう。その過程で潰れたらそれまでだ」


 面と向かっての宣言に歩きながら振り返ったマーシィが微苦笑を浮かべる。


「さすがは異世界人ね。アタシもあんまし身分とか立場とか気にしてないつもりでいたんだけど、そこまでは割り切れないからねえ。てゆーかさ。そーいうの抜きでもアントワネット様みたいな絶世の美姫とお近づきになりたいとか、そういう下心はないわけ?」

 後ろ歩きしながら「ニシシシッ」と下卑た笑みを浮かべて(うそぶ)くマーシィ。


「別にないなー。つーか、あれそんな御大層な美人か? 聖女だとか皇女だとかいっても、ぶっちゃけ大したことない……いいとこクラスの三番目くらいなポジションだろう」

 確かに貴族とあって血統的に整った顔立ちをしているが、テレビに出て一世を風靡できるほどの飛び抜けた美少女というほどではない。

 そもそも中流階級以上であればあの程度の健康状態や肉体バランス。それに加えてスキンケアやらコスメに関しては洒落にならない情熱と技術を誇っていた日本の若い娘さん方と比べると、素体は同程度ではあるがお手入れの仕方、何より化粧品の品質が悪くなおかつ化粧の仕方が不自然で雑……という一言に尽きる。


「いや、意味不明なんだけど?」

 俺の感想に微妙な表情で小首を傾げるマーシィに向かって、噛み砕いて一言で言い表した。

「よーするに、美人といっても皇女かつ聖女というネームバリューが八割方下駄を上げた、雰囲気美人ってやつだろう、あれは」

「あ――あ~~っ! たしかに……」


 女性ならではの感性で同調できる部分があったのだろう。納得した風で何度も頷くマーシィであった。

 そんな彼女こそ、化粧っけがなくてこれだけ肌が白くてまつげが長いナチュラル美少女なのだから、自覚して磨けば相当光ると思うのだが……。


 ホームセンターにも化粧品の(たぐい)は置いてあったと思うので、さりげなく勧めてみようか。

 そう思いながら足取りも軽く先導するマーシィに従って、俺はデコボコした砂利道を進むのだった。


 この時、俺たちは想像もしていなかった。まさかアントワネット(元聖女)にあんなことが降りかかっていたとは――。

現在の島民三名。

ちなみに1000平方メートル以下の敷地面積のホームセンターの割合は、日本だと35%くらいなので案外普通。イメージとしてはスーパーより広く、ファッションビルと同等以上、百貨店と比べるとかなり狭い感じで、一般的なコンビニの5~6軒分に相当します。

なんで異世界で○時間とか、○kmとかの度量衡が通じるんだ!? というツッコミを誰も入れない不思議。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 先の話で、視点が振れた意味が分かりません。 ペットのウサギと騎士見習いが船出しただけで、そのうち主人公のいる島にでも流れ着くのだろうか。
[一言] 予想よりホムセンが小さかったな。 コンビニを一周り大きくした程度の小さいコ○リと同じくらい……水場の近くとか何かしら居住に適した場所の近くじゃないと使うのにめんどくさく成りそう。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ