‐side:聖女アントワネット&女盗賊マーシィ‐
いきなり別サイドです。
今日も天気だお空が青い。
ちょっと前まで『永遠の闇』に囚われていた魔王領……元魔王城があった暗黒山脈の成れの果て。打ち寄せる波がそこそこ間近に見える海岸線と、どこまでも広がる快晴の空を見上げて、アタシ(マーシィ:17歳)は大きく伸びをした。
とりあえず廃材と枯草で作ったテントに寝泊まりして半月あまり。雨露をしのげるだけマシとは言え、さすがにそろそろ食料の備蓄(特に水。雨水を貯めておいたもの)が心もとないのと、同居人が鬱陶しくてストレスが半端ない。
「…………」
その同居人――と言うか勇者様が魔王と相打ちになって以降、忘我の状態で真っ白に燃え尽きたまま現実を直視できないでいる――勇者パーティの主力メンバーであった――【聖女】アントワネット様(16歳)は、今日も今日とてアタシの着替えであった粗末なチェニックを着たみすぼらしい格好で、魔王城があった元山脈で現在は椀の底のように見事にえぐれ飛び、そこに遥か彼方にあったはずの海がなんでかあり、そこにタプタプと海水が入って湾になった場所を見入っている。
鳥も飛ばないドラゴンも容易に越せないと言われた人跡未踏の大山脈が、いまでは離れ島のようになってどうにか全体の十分の一くらいが海の中から突き出ている状態だ。
これが世界中で同じことが起きているとしたら、残った陸地なんてよほどの高地だけで、微々たるものだろう。
「まあ魔王も魔族も魔物も消えたけど、世界の方も綺麗さっぱり消えたってところよねー」
医者が言うところの『手術は成功したけど患者は死んだ』状態とはこのことか。
そんなことを思いながらアタシは一応アントワネット様に声をかけてこの場を離れることにした。
「じゃあアントワネット様、アタシはいつものように食料を探しつつ周囲の探索に行ってきますので、何かあったら――まあ一応気を付けるようにして、死にたくなければ頑張って生きてくださいね」
「…………」
案の定返事はない。もはや屍も同然である。
ま、何しろ仮にも世界でも一、二を競う強国である帝国(正式名称とか知らんけど)の皇女様だった方だ。まして幼少の頃に神託で〈聖天使〉ユスティーナ様から【聖女】の称号を授かったという、国家と神殿両方の庇護を受けた超ド級の箱入り娘だ。
それが目の前で憧れであった勇者様が魔王に神剣でトドメを刺した……と思ったら、崩れ落ちる魔王と魔王城とともに天地がひっくり返ったかのような爆発が起き、気が付いたらこの惨状なのだから思考停止になるのも無理はない。
いや~、それにしてもよく生きてたなアタシ。
協力無比な光の加護を得ていた勇者様はもとより、一撃で大地を両断する魔王の剣戟にも耐えていたレベル156の【聖騎士】アントニオや、伝説の【大賢者】サカリアス師でさえ成すすべなく消し飛んだっていうのに、嫌な予感がしたので咄嗟にアントワネット様の背後に隠れたのは大正解だった(まあそれでも丸一日気絶していたけど)。これもユスティーナ様のご加護のお陰だろう。
で、まあその時からアントワネット様は呆けっぱなし――つーか、神器である『光のローブ』や『聖天使の聖杖』とか、その他魔物の素材から作られた特A級装備や備品がことごとく消えていて、残ったのはシルクの下着だけというトンデモナイ姿であることすら恥じらうことなく――だったので、とりあえずアタシの予備の着替え(普通の木綿服だったせいか無事だった)を着せて、放置してあるのだがいまだに立ち直る気配はない。
幸いと言うか、もともと孤児でスラム暮らしだったアタシは逆境にも慣れているので――さすがにここまでのどん底は初めてだが――瓦礫の中から使えそうなものを探し出し、周囲の地形をマッピングして生き延びる努力をしていたのだが、いまだに人族はおろか魔物に一匹にも遭えないでいる。
ここは本当に魔物がひしめいていた元魔王の本拠地である暗黒山脈なのだろうか?
ただ生き物がまったくいないわけではなく、小動物の痕跡はあるし鳥なんかは飛んでいるので禽獣の類が絶滅したわけではないようだ。
無くなったのは“魔”に属する連中とその副産物だけで、アタシの虎の子だったドラゴンの牙から作った短剣も、いつの間にか握りと鞘だけ残して刀身が消えていたし、魔物を倒して上がったレベルやスキルも軒並み消えている。
体感でいまのアタシは身ひとつでスラムで掏摸をやっていた当時の能力がいいところだろう。マッピングも自動マッピングスキルが使えないので、羊皮紙に炭のチョークで稚拙な図面を書くのがいいところだし……ああ、字を覚えたことは無駄になっていないか。
だけどそう考えると、もしかして現在のアントワネット様ってアタシ以上の役立たずなのでは……?
アントワネット様の能力って体の欠損や頭を潰された以外の死者であれば、即座に蘇生をすることができるほど凄かったけど、あれって【聖女】スキルあってのものよねー?
もしアタシと同じでスキルが全部なくなっているとしたら。あの方に残されているものって、現状残っているかどうか分からない――半月も音沙汰なしなところを見ると壊滅したと見るのが妥当だろう――帝国の皇女様という地位と淑女教育、あとはお綺麗な顔と体くらいで生活能力はまったくのゼロということになる。
もしかしてもしかすると、ああして呆けている理由の大部分は念願だった魔王を退治して燃え尽きたわけでも、敬愛する勇者様を筆頭とした頼りになるパーティの皆が消滅したからでも、世界が終わったからでもなく、自分のスキルとレベルがなくなって静かに取り乱しているだけなのではないかしら?
ありそうだわ。
つーか、役にたたないポーションタンクを飼っておく意味なんてあるかな~? 邪魔なだけなんじゃないかな~~⁇
アタシの中で惰性で面倒を見ていたアントワネット様と、このまま行動を共にするメリットとデメリットとが秤にかけられてグラグラと揺れた。
う~~~ん、誰もいないことだし、見捨てても咎められないよねー。
まあ、仮にも仲間だったわけだし――仲間内でも凄まじいヒエラルキーの差があって、勇者様と聖女様、聖騎士様、大賢者様は常にホテルのVIPルームを占有していて、その他の剣士とか魔法使いとか、盗賊とかは安宿で雑魚寝していたし、野営でも上げ膳据え膳で見張りなんて一度もしなかったわけだけど――いままでは無意識に放置するのも気がとがめたけれど、よくよく考えたら魔王を倒した時点で契約は終わっているし、この状況では凱旋パレードも褒賞も何もないだろう。
つまりこれっきりで関係を断っても何の憂いも罰則もないということだ。
もともと勇者パーティに雇われた理由も、報酬と名声あってのもである。
個人的には世界を救おうとか悪を倒そうとか言う高尚な目的あってのものではない。ぶっちゃけ世界がどうなろうと構わない……とまでは言わないが、魔物に支配されるのもまして殺されるのはごめんだし、自由が奪われるのもごめんだったので協力していたが、命と金あっての物種だろう。
金の方はこんな世の中で意味があるのか疑問だけど、生きていればどーにかなる。
そうなるとアントワネット様は現状凄まじく足手まといということで、第一にアタシ自身の生存を考えるならばこのまま放置してトンズラが……。
そう結論を出したところで、思いがけない、半月ぶりに聞く自分以外の声――それも若い男の声――がアタシの耳に届いた。
「あはあははははははははっ。大地だ大地! 海だ海! 海岸部か? 岩ばっかりのリアス式海岸みたいだなー。もうちょっと自然豊かな場所に送ってくれればいいのに、あのポンコツ天使が」
幻聴!? と半信半疑でその声が聞こえた方向を見れば、ボケーっと干し草で作った日除けと敷物の上で体育座りをしているアントワネット様の背後――日除けが衝立みたいになっていて、ちょうど死角になっている場所で、見たことのない上下黒の動きやすそうな衣装を着た黒髪黒瞳のアタシと同じくらいか、やや年下かと思える少年が、元山脈だった荒れ地を叩いて大笑いしながら誰かを皮肉っていた。
「ちょ、ちょっと! 誰よ、あんたっ!? どこから来たのよ?! 他にも生き残りがいるの?」
当然のように心ここにあらずで、アタシの混乱と興奮とで引き攣った叫びも無視するアントワネット様。
そしてちょうど日除け越しに背中を向けた形で地面に膝を突いた姿勢になっていたため、アントワネット様に気付くことなく、ひとしきり地面の感触を確かめていた少年が「おっ?」という表情で顔を上げた。
ちょっと東方風の顔立ちをした少年は、アタシに気付いてしげしげとアタシの全身を眺めて――嫌らしい舐め回すような視線でではなく、純粋に値踏みする目で――から、微妙に釈然としない調子で首をひねる。
「あんたがアホ天使が言っていた聖女……元聖女? なんかイメージと違うな」
「なっ……! 違うわよ、アタシは勇者一行のチームのひとりで盗賊のマーシィよ」
こいつここにアントワネット様がいるのを知っていた。帝国からの捜索隊? だったらしっかりとここ半月面倒を見ていた恩を売っておかないと!
瞬時に算盤を弾いたアタシがそう自己紹介をすると、少年は当てが外れた……というか、面倒事が増えたという顔で快晴の空を見上げた。
「……他に生存者がいるなら先に言えよ。どんだけ大雑把なんだ」
そして天に向かって悪態を吐く。
なんだろう、こいつ。いままで出会ったことのないタイプの人間だけど……。
密かに警戒心を呼び起こすアタシに向かって、視線を戻した少年はひたすら面倒くさそうに訊いてきた。
「この辺りに元聖女の成れの果てがいるはずなんだけど知らないか?」
背中越しに成れの果て呼ばわりされたアントワネット様は、無言のままハラハラと落涙している。
短編UP後『ふざけるな、続きを書け』と言われたので、よーし、書いちゃるわい! と思って書きました。