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14 二十六年目の救済

バーでのささやかな飲み会を解散後、旭は一人で温泉に行った。

神部も誘ったのだが、酒が入ると眠くなったとかで、「明日の朝に入るわ」と言って早々に寝てしまったのだ。

一人でゆっくり湯を堪能した後、浴衣で首にタオルをひっかけ、スリッパをペタペタいわせながら部屋に戻る。

そしてドアの鍵を開けようとした時だった。

「おじさん」

不意に隣のドアが開き、鈴華が顔を出した。

「なんだ、まだ起きてたのか。あんま一人で部屋の外に出るなよ、ホテルの中とは言え油断はならねえ」

「分かってる。今はおじさんが帰ってきたって分かったから開けただけ」

廊下に出てきて、音を立てないようにそっとドアを閉める。

「冴木は」

「もう寝てる」

「お前も早く寝た方がいいぞ、今日は色々あって疲れたろ」

「うん。ねえ、月城さん、どうだった?」

「残念ながら物別れだ。明日も仕掛けてくるぞ。最終日だからな、本気で来るだろう。こっちも気合入れねえとだぜ」

表情を曇らせる鈴華。

「心配すんな、こっちだって気合十分だぜ。番場さんもやる気だし、神部の奴もそれなりに腹くくってたからよ。絶対、きれいな花火見せてやるからな。……それ聞くのに起きてたのか?」

「ううん。月城さんは諦めてくれないだろうなって思ってたし。起きてたのは、おじさんに言いたい事があったから。やっと言葉がまとまったから」

「まとまった? ……って、何の話だ」

首を傾げる旭を、鈴華はなぜか緊張の面持ちで見上げてきた。

なんでそんな顔をするのか分からず、旭は戸惑う。

―――― え、何だこれ。告白でもされんのか。

一瞬そんなバカなことを考えた。ああいや、昼間にはこいつから告白どころか求婚までされたんだけど。

そんな一瞬の緊迫した間が空いた後、鈴華が意を決したように言った言葉は。

「友達の方が悪いと思う」

旭は目を瞬かせた。

「……は?」

「だ、だから、昼間の話。おじさんの高校時代の話」

鈴華は焦ったように言葉を継ぎ足す。

「友達の絵に、おじさんだけ描かれてなかったって話。あれから色々考えたけど、やっぱりあれはどう考えても友達の方が悪いと思ったから」

「ああ、何だ。大真面目な顔して何言い出すのかと思えば。だから言ったろ、あれは俺が空気読めてなかっただけなんだよ。大して仲良くもねえのに、自分勝手に友達だと思い込んでたバカが、現実を見せつけられたってだけの笑い話で」

「違う。おじさんに教えなかった友達が悪い」

「だからそれは、俺が部活のことしか頭にねえ自分勝手な奴だったから、他の奴らは気を使って」

「友達はそこを間違えたんだよ。おじさんは自分勝手なんかじゃない」

鈴華は強く言った。

「だっておじさん、もし友達が不登校だって教えてもらってたなら、ぜったい一緒にお見舞いに行ってたでしょ?」

旭は言葉に詰まった。

「……いや、まあ、そりゃなあ。知ってりゃ、そりゃ行ってただろうな」

「でしょ? いくら部活に夢中でも、友達が不登校になったって知ったなら、おじさんは行ってた筈だよ。おじさんがそういう人だって事くらい、友達も分かってた筈だよ。だって、会って三日の私ですら分かるのに」

「………………」

「それなのに、おじさんに教えないなんてありえない。そんなの、友達がよっぽどおじさんのこと分かってない人達だったか、よっぽど薄情だったかのどっちかだよ。そんなの気遣いじゃない、余計なお世話。だから」

鈴華は拳を握って断言した。

「おじさんは悪くない」

シンと、廊下が静まりかえった。

旭は言葉をなくして鈴華を見つめていた。

熱弁を振るった後、鈴華は急に気恥ずかしくなったのか、曖昧に目を逸らす。

「そ、それだけ……。その、思いついたから。今日のうちに言っときたくて」

口の中でボソボソと、言い訳のように言う。

「お、おう。……その、サンキュ」

旭もロクな返事をすることが出来なかった。

「寝るっ! おやすみ!」

そして鈴華は逃げるようにドアの向こうへ隠れてしまった。

ガチャリと鍵をかけられ、旭は一人で廊下に取り残される。

「………………」

いま何が起こったのか、改めて考えてみる。

あいつ、今までずっと考えてたのか。俺の恥ずかしい昔話なんかのことを。

そしてこんな時間まで、ずっと起きて待ってたのか。いつ俺が風呂から上がってくるかなんて分からないのに。

おじさんは悪くない。

たった一言、それ言うために。

「良い奴かよ……」

もはや苦笑しか出ない。

なんだあいつ、良い奴すぎるだろ。変な奴だけど良い奴すぎる。

二十年以上前の話だ。あいつが生まれるより前の話なのである。そんな昔話を真剣に考えてくれて、俺のこと庇おうとしてくれたのか。

全然関係ない奴から言われただけなのに―――― 不思議と、許された気がした。

何だよクソ、あったけえじゃねえか。嬉しいぞちくしょう。

その優しさに感動している自分を否定できない。まったく年甲斐もない、あんな小娘相手に何てザマだ。

顔がにやけてくるのを止められず、旭は急いで自室に逃げ込む。

俄然やる気が出てきた。こうなりゃ月城だろうが鯖尾だろうが別所井とかいうクソジジイだろうが、全員俺がまとめてブッ飛ばしてやる。結婚? 上等だ。こうなりゃ何だってしてやるよ。いいじゃねえか、どうせ俺の籍なんて、もうあいつの避難場所にするくらいしか使い道ねえんだから。

久しく忘れていた。

鈴華のために―――― そんな風に思える奴のために頑張るという事は、こんなにも嬉しい事だったのだ。

旭は今、かつてないほどの充実感を感じていた。


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