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2 父親

面会の詳しい時間と場所は、月城から鈴華のスマホに連絡があった。

午後三時に博田インターナショナルホテル。博田駅に連結する高級ホテルである。

旭ら四人がホテルに到着してロビーに入ると、そこに月城と二人の黒服がいた。旭が唇の端を上げて笑ってやると、月城は顔をしかめて忌々しげに目を逸らす。

ソファーに初老の男と小太りな眼鏡の男が座っていた。そのうち初老の男が旭らを見つけると、目を大きく見開いて立ち上がる。

「鈴華!」

あれが父親らしい。

鈴華が「四十八歳だけど老けて見える」と言っていたが、なるほどその通りだった。もう五十代後半にも見え、旭とたったの五歳差とはとても思えない。

「お前という奴は……どれほど心配したと思っているんだ!」

泣きそうな顔で怒る父親に、鈴華はごめんなさいと謝っていた。

父親の隣に座っていた眼鏡の男が旭らを一瞥し、月城に尋ねる。

「月城さん、ではそちらの方々が」

「ええ。困ったものでして」

「分かりました。お手数をおかけして申し訳ありませんでした」

立ち上がり、旭らに向かって名刺を差し出してくる。冴木がそれに応じた。

「私、里見工業所の田村と申します。事情はお伺いしています。失礼ですが、あなた方のやっている事は誘拐同然だ。社長のお嬢さんと遊んで頂いた事には感謝申し上げますが、騒ぎが大きくならないうちにここでお引き取り願いますよ」

名刺には里見工業所の総務部長とある。小さな町工場の総務部長となれば、さしずめ社長の右腕といったところだろう。

慇懃無礼な態度だったが、冴木は落ち着いて自分も名刺を差し出す。

「マチダ運送の冴木です。こちらも事情はお伺いしています。わざわざ東京からお越しのところを恐縮ですが、いま鈴華さんをあなた方の元へ帰すわけには参りません」

田村は露骨に顔をしかめる。

「ご自分のやっている事が非常識だとは思わないのですか」

「思っておりますよ。百も承知です。ただ私達を非常識と呼べるほど、あなた方はご自身を良識的だとお思いなんでしょうか。先ほど申し上げた通り、我々は鈴華さんから『事情はお伺いしている』んですけれども」

「目的は何ですか」

「目的って。犯罪グループの犯行声明じゃるまいし。私達はただ、鈴華さんの境遇に同情して、彼女の望みを叶えてあげたいと思って一緒に行動しているだけです」

「……警察を呼びますよ?」

早くも剣呑なことを言い出した田村に、冴木は笑う。

「あなたも月城さんと同じ事をおっしゃるんですね。月城さんからお聞きになっておりませんか」

「と言うと?」

「どうぞお呼びになったら宜しいじゃありませんか。呼べるものでしたら。警察は当然、そもそもなぜ鈴華さんが家出をしたのかという所から調査するでしょう。それで困るのは、そちらの方では?」

警察を持ち出せば簡単に片が付くと思っていたのだろう。

まったく怯みもしない冴木に戸惑ったように、田村は月城に振り返る。

「このような状態でして。我々としては大変困っているのですよ」

月城が苦笑交じりに答えると、田村は憎々しげに冴木を睨みつけた。

「なるほど。……なるほど、こういうことでしたか。本当に困った方々ですね」

ようやく状況を理解したところで、さてどんな手で来るのかと思っていたら。

「やはり社長、この上は社長の方からお嬢様を説得して頂くのが一番かと」

田村は鈴華の父親に話を丸投げした。

父親は「うむ」と歯切れ悪くうなずくのを見て、鈴華が険しい顔で睨みつける。

「お父さん、そういう話?」

「うむ、いや……」

「私、電話で言ったよね。帰らないって言ってるんじゃないの。ちゃんと帰るから、その前にちょっとだけ自由にさせてって言ってるだけなの」

「分かっている。それは分かっているんだが、しかし」

「そういう話なんだったら、もうお父さんと話すことなんて無い。行こ、冴木さん」

踵を返す鈴華に、冴木が一礼して続く。旭と神部もそれについて行こうとするのを見て、黒服二人が行く手を塞いだ。

「ちょっと、どいてくれませんか。鈴華ちゃんの時間がもったいないんですけど」

月城が溜め息をつき、やれやれと首を横に振る。

「まあそう慌てずに。まだ来たばかりではありませんか。場所を変えてもう少し落ち着いて話しませんか。部屋は取ってありますので。ねえ社長?」

「え、ええ……。鈴華、もうちょっと、もうちょっとだけ話をしないか」

懇願にも似た口調の父親に、鈴華はむっつりと振り返って少し考える。

そして旭を見上げて尋ねた。

「おじさん、いい?」

「俺ぁ構わねえぜ。お前のやりたいようにやれよ」

「もう、鈴華ちゃんたら優しいんだから」

鈴華がうなずいたのを見て「ではこちらです」と月城の案内で移動が始まる。

辿り着いたのは小さな会議室のような部屋だった。中央にテーブルと、両側にソファーが並べられている。

促されるまま部屋に入ろうとする旭に、神部が呼びかけた。

「大丈夫なのかよ。部屋に入っちまったら、ドア塞がれて終わりだぞ」

しかし旭は笑って答えるのだった。

「まあ何とかならぁな。それよか、ちょっと気になる事があるもんでな」


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