とある王女の結末
ウィステル・アルバ・ノーチェの人生は概ね順調なものだった。少なくとも「運命の男」と定めた青年と出会うまでは。
現王の第一子であった彼女は、長子相続の原則に則って大事に育てられた。そして、最高の教育を受けて育った彼女は、周囲の思惑通り優秀に、そして周囲の願いをよそに傲慢に育つ。
妹に嫌がらせをし、弟を蔑み、何もかもが思い通りになると信じて疑わぬウィステルを国王を含めた王族、貴族は徐々に「王位に相応しくないのでは」と感じるようになる。
ウィステルが「わたくしに相応しい婿がこの国にいない以上、外へ行くしかありませんわ!」などと言って供を連れて出て行った際は多くの国内貴族令息、及びその保護者はほっとした。人によっては息子の外見が整っていることを気にして前髪を伸ばさせたり、大きな火傷跡のメイクをする等してウィステルから隠す有様だった。好き好んで我が儘で傲慢な第一王女に差し出そうと思う人間は少なかった。
そんな彼女は、隣国でとある青年に出会った。
セドリックという名の男は幸いにもその国の王位継承権が低い第一王子だった。
均整の取れた美しい肉体に、日に焼けた肌。銀色の髪は旅の中で少し伸びていたが、その髪を結んだ姿はどこか王族らしい優美さを持っていた。その青い瞳は煌めくようでウィステルを夢中にさせた。
──彼はわたくしの運命の男だわ…!
魔物を斬り伏せる強さ、的確に指示を出す優秀さ。そして美しい外見。
王族であり自分とも釣り合いが取れる。
そんな男が自分の物でなく、誰の物だと言うのだろう。
ウィステルは歓喜に震えたが、男には婚約者がいた。
それがノエル。
聖女という肩書きを持つ、平凡な少女であった。
戦場にあって尚美しいセドリックと比べて、必死に走り回る彼女のなんと見窄らしいことか。
なぜあんなに美しくもない少女を皆がありがたがって手を合わせるのか。
ウィステルには全く理解が及ばなかった。
下の者は自分に仕えるのが幸せであり、共に戦うのならばもっと歓喜に震えているべきだ。そう考えるウィステルは自分に向けられる絶対零度の視線に気付くことはなかった。そういった思想はセドリックの嫌うものだった。
セドリックにとって、ノエルは「愛しい女」ではなかったが、「可愛い妹」であった。
異母妹の一人はより我が儘でヒステリックだったし、もう一人はメイドなんてさせられていた。助けられるだけの権力がなかったし、下の異母妹はどうやら生きるという願望がない。セドリックが病床に臥せっていたこともあり、関わる機会はなかった。
だからだろうか。セドリックにとっては肉親よりも可愛い妹だった。
そんな彼のことを考えないウィステルはしきりに彼との婚約を破棄するようにとノエルに言っていた。
ノエルにとってこれは自身の身を守るための地位である。それを分かっていたセドリックはより彼女のことを嫌っていった。
旅が終わり、別れた後に国に帰った彼女は父親にセドリックとの婚姻を願い出た。
彼女の愛し合っているという言葉をとりあえず信用して婚約を申し出ると、セドリックは母親を連れて国を出た。
その知らせを隠密より聞いたノーチェ国王は青褪めた。
娘はよりにもよって、女神の寵愛をほしいままにする聖女の男を奪おうとしたのだ。
聖女が泣く泣くその弟へと嫁いだことを知った王は娘を呼び出し、廃嫡すると告げた。
セドリックに心奪われたことでその人生は狂いはじめた。
ノーチェ国王はこれ以上何もしないように、魔力を封じる魔道具を身につけさせて修道院に放り込んだ。
彼にとって計算違いであったのは、目付け役のエスタシオンの娘への心酔である。その強さを甘く見た。他の者のように、ウィステルの権力に阿ているだけだと思っていた。
エスタシオンは修道院からウィステルを連れて逃げ出した。そして、魔道具を破壊して自由になったウィステルは再びセドリックを追いはじめた。まるで自分に残るのは彼だけだと言うように。
ノーチェ国王はセドリックに娘の愚行を詫び、脱走した事を手紙にして届けさせた。セドリックは受け取った時非常に嫌そうな顔をしたという。
セドリックは、自由になったことをこれ幸いと情報収集に励んでいた。というか、復讐の機会を探っていた。クロードのことはすでに地雷を抱え込んでいるので割とどうでもいいが、ガラテア国王は確実に仕留めたいと思っていた。弟と思いの外幸せにやっている元婚約者のことは良かったと胸を撫で下ろした。
そんな状況でウィステルのことまで抱えたくなかった。
クロードとの再会で報復の算段をつけた彼は、甥の誕生を喜び妹のように可愛がっていた少女と弟の夫婦を訪ねて、皇太子に色々と情報提供をした後に姉姫との将来を約束して母国へと帰って行った。
それを知らぬまま追いかけてきたウィステル。
ノインシュタイン公爵家に突撃し、途中まで帰ってきていたルーシー皇女を連れたメーティスにであったセラが洗いざらい状況を告げたことで、キレたメーティスとルーシーによって監獄にぶち込まれた。
念入りに魔力を封じる魔道具とエスタシオンへの枷をつけられて。
「よりにもよってここで捕まるだなんて、馬鹿な人」
その監獄に来たのは弟だった。自分を蔑んだ目で見下ろす弟に腹は立ったが、自分を迎えに来たとウィステルは疑っていなかった。
「出られると思っているあたりが愚かだなぁ。ウィステル、逃げ出した貴方はもう王女として何の価値もない。というか、騎士と一緒に逃げ出した時点で駆け落ちと見られるに決まっているだろうに。私がここに来たのは単に聖女様への謝罪のためで、貴方を助けるためではないよ」
弟は穏やかに微笑んでこの国で裁かれろ、と言って礼装のマントを翻した。
「わたくしはただ!運命の人を追いかけただけよ!!」
鉄格子を掴んで「出して!」と叫ぶ姉に振り返ることなく、彼は建物から出る。
「あまりにも品位を疑う場合は裁判の前に病死させてくれるように頼んでおこうか」
すでにもう一人の姉は嫁いでおり、彼が自動的に次代のノーチェ国王になることに決まっている。継承権三位から何もしないうちにいきなり王太子となった。
そんな彼はウィステルが暴れ回ったせいで各地に謝罪と補償を行う羽目になった。ただでさえ幼少時から虐げてきた姉である。悔しいし、忌々しいし散々だ。現ノーチェ国王である彼らの父は近頃ずっと疲れたような顔をしており、随分と老けた。
流石に彼らへの同情の声もあって、その要求はラビニアで認められた。
そして、ノエルの知らないところでかつて彼女の人生を歪めた王女は消えていった。
「あの子は幸せに生きているけれど、あの王女が生きていてはまた何かされるかもしれないものね」
女神はそう言って水鏡に映った景色を手で薙ぐと、それは消えていった。
ウィステルが女王になっていた場合、国自体に神罰降ってたので、ノーチェ王国は国としてはギリセーフ。
でもこの事で随分とラビニア帝国や周辺国に弱味を握られることになる。




