襲撃された件
嫌な予感がする、と思っていたら久しぶりに強烈なのが飛び込んできた。
夜空のような黒に近い紺の髪、星のような金色の瞳。騎士を従えた愛らしい顔立ちの少女が我が家の扉を吹っ飛ばして文字通り飛び込んできた。結界で塞がなかったらリーリアを抱き上げたまま私がぶっ飛ばされていたことは想像に難くない。
ウィステル・アルバ・ノーチェ。
ガラテア王国を挟んで向こう側にあるノーチェ王国の第一王女だ。
セドリックさんとの婚約がなくなった原因である。
今はメーティスと相思相愛なのでまぁ良いのだけれど、相手が彼でなければ私に死ぬほど恨まれていたであろう人物だ。
「……わたくしのセド様をどこにやったの!!」
「我が子を見に立ち寄ってくださった際、国に戻るか、と仰っていましたけれど?」
お前、そんなことも聞いてないのー?と煽りたい気持ちはあるのだけれど、子供いるのに煽って何かあるのもなぁ。
そっとリーリアをセラに渡すと、私を守るようにリナリアとクロウが前に立った。セラは私にそっと目配せして行ったのでおそらくランティスも連れて少し遠くに行っていてくれる。
「そんなことより、わたくしとメーティス様のお家を破壊してどういうおつもりですの?曲がりなりにも我が家は皇家に目をかけられている公爵家。……タダで済むとは思っておりませんわね?」
あくまでもおっとりと余裕がありそうな感じでそう言って首を傾げた。
あの旅の時からいつか一回ぶん殴ってやろうとおもってたんだけど、人の家ぶっ壊す非常識さに怒りが蘇ってきました。
なんだっけ?ノーチェ王国だっけ?良い度胸してるなぁ。こっちはこれでもちょっと女神様に気に入られてる感じの聖女なんだぞ。呪いや神罰は怖くないと見える。
国民に被害が及ぶのは本意ではないけれど、この事はおそらくすでに上に伝えるように周囲が動いているだろう。どちらにせよ、というやつである。
「嘘よ!あの方が行くなら元とはいえ婚約者だったあなたのところ以外にどこだというの!?すでにあの生意気そうな第三王子と婚姻を結んでおきながらなんという売女なのかしら!」
「この方、私のお話聞いているのかしら」
「聞いておりませんね」
「まぁ、元から傲慢クソ女って感じだったしなぁ」
旅の最中、影の中に潜んでいたクロウは呆れたような声音で呟いた。リナリアは小声で「いっそ焼き切りますか?」とか言ってきたんだけど、安定の私至上主義が怖い。ちなみにリナリアは炎の魔法が得意っぽい。
「姫様のような素晴らしい女性から逃げるなど言語道断!隠し立てするようならこちらも容赦はしない」
「いえ、ですから。わたくしのところにはおりません。ガラテアにおります」
「念のため、家探しをするぞ」
「断る」
何かが転がる音がしたかと思うと、それは剣を抜き恫喝する騎士、エスタシオン・リュークスの足に蔓となって巻きついた。
「無断で我が家に押し入り、妻を恫喝。そして愛する妻子を傷つけようと剣まで抜いた。僕の聖女はこの国には大切にされていてね?……楽に死ねると思うなよ」
メーティスには珍しく、最後の一言は地を這うような低い声だった。
ウィステルが「でも!」と続けようとした瞬間、「お黙りなさい」と別の声が彼女を遮った。
短い青い髪と一緒に大振りの金色の耳飾りが揺れる。
見たことのないキツい表情のルーシー殿下が近衛兵と共にそこに立つ。
「我が国で、我が国を助けてくれた聖女様とその御子を傷つけようとしたこと。我が皇家の血も混じる公爵家に対する敵対行為。……国際問題になる事は理解しているのかしら、ウィステル王女。彼らへの攻撃は我がラビニア帝国への敵対と言っても過言ではありません」
「な……魔王が倒れた今、聖女など!」
「魔王が倒れても魔物はいます。瘴気もあります。人も傷つきます。あなたが蔑んで攻撃して良い理由にはなりません」
可愛い妹系だと思っていたけれど、こうしてみると立派な皇女様に見える。いつもは「ズルいわ!わたくしもこんなに可愛い子が欲しい!!……一日くらい親子で泊まりに来ませんこと?」とか言う可愛い子なのに。
激怒している二人の命令で彼女たちは魔法を封じる枷をはめられて連行された。そのままルーシー殿下は駆け寄ってきて「わたくしの可愛い弟妹たちは!?」とキョロキョロしていた。
勝手に弟妹にするな。けれども。
「助けていただきありがとうございます。おかげで穏便にすみましたわ」
私たちが反抗したらそれこそこの辺り結構酷い被害になってたし!




