義兄が訪ねてきた件
「久しいな。メーティス、ノエル」
いきなり現れたその人に「お久しぶりです」と微笑むと、メーティスは不安そうに私の手を握ってきた。こういうこと言っちゃいけないのわかっているんだけど可愛い。
「……セドリック兄上、どうしてここに」
「単純に近くに来たから寄っただけだがダメだったか?甥が生まれたと聞いたぞ。見て行っていいか?」
ニコニコと笑いながらボールや木刀を用意してきた久しぶりのセドリックさんに呆れていると、リーリアが人見知りを発揮していた。プルプル震えながらセラに抱きついている。
セドリックさん、そのおもちゃはうちの子にはまだ早いです。
「なんだ。姪もいるじゃないか」
小声で「流石に女の子用は持ってきてないな」と呟いたあたり結構楽しみに来たのを感じる。
「……ノエルを取り戻しにきたのか?」
「まさか。私と彼女との婚約は初めから契約のような物だ。そういった感情は一切ない。それより、やはりこの子はお前の赤子の時によく似ているな!」
デレデレとランティスを抱き上げるセドリックさん。「クロードとは数ヶ月しか離れていないし性悪女の息子には興味がなかったが、赤子とは愛らしいものだ」とニッコニコである。
あと、その様子を見ながら「ノエルに興味を持たない男がいる…だと!?」的な顔をしておる我が愛しのダーリンだけれどそれが普通です。いやぁ、どう考えても私の容姿並だもんなぁ。聖女っていう付加価値があるから取り合いされてたけど、少なくとも今のセドリックさんにそれは必要がないものだろう。
「ああ、そうだ。私は国に一旦戻るつもりなのだが」
「よく戻ろうと思いましたね」
「何、母上は公国で新しく生活基盤を築いていて、相応の人間をそばに置いている。私は妻帯者ではない。故に身軽というだけの話だ。すまないが、ノエル。守りを母に預けてしまったのでな、新しい物を作ってもらえないだろうか?瘴気に塗れて戻ってもクロードを守ってはやれんしな」
守ってやるつもりなの!?
そう思ったけれど、そこはセドリックさんにも何かしらの旨みがあるのかもしれない。単に情という可能性もあるけれど。
なんの繋がりもない私と違って彼は半分でも血が繋がった兄弟なのだし。
「兄上、僕の妻と勝手に話を付けようとしないでください」
「全部お前を通すのは効率が悪いだろう」
なんでそんなことを?と首を傾げる。この人全く変わってない。
「兄上にとってはそうでも!僕にとっては愛しい妻の元婚約者ですっ!!」
「今はお前の愛しい妻。それでいいではないか。略奪愛など私は好まぬし。欲を言うならもっとおとなしそうに見えて裏で動ける強かそうな女が良い」
「ノエルは聖女らしく純粋で愛らしいですからね!!」
「純粋?愛らしい?お前とうとう目が悪くなったのか?だからあれほど夜に書物を読むなといったのに仕方のないやつだな」
やれやれとお兄さんぶった顔をするセドリックさんだけど言ってることが酷い。
良いの!!メーティスにとって私はそうなの!!
「まぁ、お守りを作るのは構いませんけれど、代わりにお願いがあります」
「なんだ」
「側室に皇女はどうだと皇妃様の父君よりまだメーティスに内密の申し入れがございますの」
おそらくは20を越えた皇女の政略結婚の使い道があまりなく、病弱だった故に国内貴族の正室としては好まれない。けれど、側室として入れるには位が高すぎる。かといって、高齢の妻を亡くした男や問題のある男に嫁がせるのは忍びない。なので、「聖女」という特別な女のいるメーティスくらいに──というのが実情だろう。
「けれどわたくし、妻が増えるとかいやですの!!」
「前から言っていたな。それで?」
「もし会って気が合うようでしたらお付き合いを考えてはいかが?独身で帰るとまたあの我儘お姫様に売り飛ばされますわよ」
「……その問題もあったな」
まだ追われているんじゃないか、という懸念は当たったらしい。
王太子のお兄様で帰る理由は明かさないけれど、なんとなく「掃除」の準備のためと想像がつく。王兄という立場であればお姫様を娶るのになんの不都合があるだろうか。あと私の夫に手を出されるのまじで嫌。
「ですから、お見合い!してくださいませ!!」
結婚するなら大盤振る舞いに加護をお願いしてあげるから本当頼む。すっごいの披露するよ!
「メーティス、こういうやつだぞ。確実に私に興味ないだろう」
「そうですね。それにあの女から兄上を守る手段を考えてくれるなんてなんて優しいんだろう」
「お前の盲目さも怖いな」




