彼は私だけの王子様である件
息子の件に関しては保留させた。
久しぶりにお会いした大司教様が私たちを見て感慨深そうに眦を下げる。うん。一人で召喚されて、誰も信用できないという顔で常に気を張っていた私が結婚して子供ができて、というのは私も少し感慨深い。
「御子も強い魔力を持っておられる様子。メーティス殿下も生まれた時は強い魔力を持っておられた。少々懐かしく思いますなぁ」
「ああ、そうだね」
少しだけ、寂しそうに笑う。
やっぱり、私のために家族を、国を切り捨てたことが傷になっていないわけではないのだろう。うん、それもあってクロード殿下に協力したんだけど。私は、好きな人が自分のために傷つくのを当然と思えるほど傲慢には成りきれない。
女神様が私を守ってくれるとはいえ、実際に会えるわけではない。心の支えであってくれたメーティスは私が幸せにしたい。
「御子がどのような力を持つのか、正式にわかるのはもう少し後になりましょう。実際に魔法の行使を始めてから分かる適正というものもございます」
たしかに、聖女だって呼び出されたのだけど思いの外攻撃魔法が扱えて意外に思った記憶はある。
そういうものなのね、と頷いた。
「異世界から呼び出された特別な存在とはいえ、人は人。……しっかりと守って頂いているようで安心いたしました」
「気にかけてくださりありがとうございますわ」
「いえ、妙な考えに転ぶ人間はどうしてもおりますからなぁ」
一瞬だけ、その目に剣呑な光が宿った気がした。けれど、それは本当に一瞬で、すぐに優しげな瞳になったので気のせいかしらなんて考える。
「まぁ、何かあれば神罰が降りるでしょう」
あっけらかんと口に出されたその言葉に顔を引き攣らせているラティスフォード殿下の顔が見えた。クロエさんはまぁまぁ、と言っている。
じーっと見つめる姉妹の様子には首を傾げるけれど、概ねそういうことをするつもりはなくなるだろうと思えばまぁいっかって気持ちになる。
そんな話があった後解散になった。
神罰とか物騒な、と言ったラティスフォード殿下に「実際にありましたので」としれっと言った大司教様のスマイルは輝いていた。
「王族でしょうか?」
馬車に乗った後に会話の流れでそう言ってメーティスを見ると、「父上はありそうだな」と神妙な顔で頷いた。
クロード殿下がああいう感じだったしルイーゼさんも髪がヤバいくらいだったのでそこまで酷いことになっている感じはしないのだけれど、クロード殿下のお話を聞いていると国自体はすごいまずいことになってるらしい。
「アニータはせっかく元気になったのだし、普通に幸せになってほしいのですけど……」
一緒に刺繍をしたりだとか、二人でロマンス小説を読んだりとか。少しの期間ではあるけれど、あの時間はとても楽しかったのだ。それを私にくれた彼女が酷い目に遭わないといいのだけれど。
あとほんっとにメーティスに心的負担をかけないでほしい。
「メーティス、わたくしもあなたの心の支えであれたなら嬉しいのですけれど」
「いつだって、君がいるから僕は笑っていられるんだ。ノエル、君がいなければ僕はあの時……家族に見捨てられたことに絶望して今頃病で死んでいただろう」
それは、あの辺境でのことなのかしら。
ふとあの共闘を思い出す。
「あの時、父と兄に死ねと言われたと同義の命を課せられた時。僕はかなりショックを受けていたんだよ、あれでもね」
強い力を持つ神官もつけられず、追放されるかのように事態の収束を命じられたメーティス。
それでも民に誠実に、時に自ら戦闘を行い、私を必ず守ると誓ってくださったメーティス。
その誠実さに私は惹かれたのだ。
「自分の利ではなく民の手を取り、祈り、戦う君。病に倒れた僕のために回復を祈ってくれた眩い光の君。そんな君から気がつけば目が離せなくなっていた。兄上の婚約者であったノエルにこの身を焦がすほどに惹かれてしまった」
そう言って私の頬を撫でる。
「僕の光。僕の心臓。唯一の君。僕は君がいなくては生きていけない」
「……あなただって私の光だわ。いつだってそうやって私だけを見てくれる。愛しています、私の王子様」
「僕はもう王子様じゃないよ」
苦笑するメーティスに私はちょっといたずらっぽく笑って見せた。
そして言うのだ。
「女の子は自分だけの王子様を夢みてしまうものですよ」、と。
まぁ、そんな人ばかりじゃないとも思うけどね!




