失墜の兆し
クロードはまだ安全な道を馬車で進みながら、聖女の守りに感心する。行きは結構な数の魔物に襲われた。何故かルイーゼに守りが集中していたが、クロードとシャノワールも腕が良い戦士の側面もあったためなんとか乗り越えることはできた。その襲撃がほとんどない。お守りに、と渡されたそれの力を手放した原因を思うと溜息しか出ない。
クロードたちがあれほどの扱いをしたというのにその力を貸してくれたあの少女にはどれだけ礼をしてもしたりないだろう。
「わたくしはガラテアの民に助けられ、あの旅を終えることができました。無論、勇者アレンやセドリック様にも気にかけていただきましたし感謝しておりますけれど。でも、あの笑顔と感謝の言葉がわたくしたちを突き動かしたこともございます。どうか、民をお守りください。それがわたくしの願いです」
これが聖女か。
そう考えるとしっくりきた。
ルイーゼにはこういう事は言えないだろう。そもそも、競うことすら烏滸がましい。倹約をしろと言えばすぐに自分に対する愛はないのかとヒステリックに叫ぶ彼女。愛がないのはお前の方だろう、と話し合いを重ねる度に心がすり減っていった。
今は馬車すら別のものだ。気遣わしげにクロードを見る臣下の視線や、一部の男はあからさまにクロードを見下したような視線を送る。
「あの方は随分奔放でいらっしゃる」
「やめろ。笑顔が怖い」
クロードよりも怒り冷めやらぬシャノワールはその言葉に「心外です」と悲しげな顔を見せた。繊細で甘やかな顔立ちにそれは映える。が、それが所詮見かけだけのものだと知っているクロードは眉間を揉んだ。
怒っている。
怒ってくれていること自体はなんとなく嬉しい。友人だと思っていた人間にも裏切られ、孤立しながら走り回っていたクロードにとって、新たな友であるシャノワールは得難い存在である。
そして、もう一つ強い関係性もできた。
城に着いて馬車を降りると、ルイーゼは上気したような顔でそのドレスは少し着崩れている。急いで直したようなそれに「だらしないぞ」と溜息を吐いて触れようとすれば、手を振り払われる。
「結構ですわ」
拗ねれば機嫌を取ってもらえると思っているのだろう。以前は可愛らしく見えたそれも欲望が滲んだ醜いものにしか見えなくなってしまった。
(恋情とは恐ろしいな)
自分を見る幼馴染二人の目には僅かに優越のようなものが見える。
「おかえりなさいませ、王太子殿下」
その一言で、空気に緊張感が混じる。
出迎えの使用人が左右に分かれ、奥からは真っ直ぐな真紅の髪の貴婦人が現れた。その柔らかなアンバーの瞳は穏やかさと知性を感じさせる。
クロードの言葉で顔を上げた彼女の微笑みは優美だ。
「こちらでは問題なく過ごしているかい、アニータ」
「はい。殿下のお心遣いに感謝いたします」
花が咲くように愛らしく微笑んだアニータ・ロージア辺境伯令嬢。そして彼女と目を合わせるクロードの優しい眼差しに周囲は計算を始める。誰につくのが正解か。
「クロード…?」
「ああ、ルイーゼ。紹介しておこう」
クロードと妹を守るような立ち位置でシャノワールが立ち、クロードはアニータを引き寄せた。
「本日より私の第二妃となるアニータだ。我が剣の師でもあるアレクセイの娘で……国家事業にあたり政略で嫁いでくれることとなった」
政略結婚という一面は大きい。だが、それ以上に重要なのは彼女が正妃の椅子に座る資格を持つ生まれであるということだ。
だが、ルイーゼは「子どもができないからって当てつけ!?」とクロードを詰る。
「田舎の伯爵家の娘が、高望みなどしないことね!」
そう言ってドレスを翻した彼女を守るように幼馴染とフォリア公爵家からついてきた使用人たちは王太子妃の部屋へと向かった。
「……辺境伯家の価値すら分からぬ者を妃に迎えていたとは」
「田舎の小娘と侮って怪我をするのはあちらですわ。それに……今のわたくしにはあの方の友人である、という付加価値もあります」
病弱であったからか、儚げに見えるアニータの口から出たのは思いの外辛辣な言葉。
そして大切そうに兄から渡された手紙をだきしめた。
「わたくしに人生をくれた聖女ノエルの願い。叶えさせてくださいませね、クロード様」
それにしても、とクロードは瞳を細めた。
彼はアニータを第二妃とすると宣言した。その意味をルイーゼはきちんと理解しているのだろうか、と。
そして、理解せぬならそれだけのことと王子らしい微笑みでアニータに手を差し伸べた。
アニータはずっと消息不明のノエルを心配していましたが、シャノワールがクロードについたことでようやくその居場所を知ることができました。
兄たちの企みに乗れば今後も友人と定期的に連絡が取れる上に、友人を虐げた悪女(アニータ目線)に報復できるので自分でクロードに売り込んでたりする。
ちなみにルイーゼがプレイしたゲーム内では聖女と出会うことがなかったためお亡くなりになっている。




