英雄には戻れない
たまに乱暴な物言いはあったが、それでも「聖女らしい」、「優しい」少女だった。
だから、あの襲撃の後「死んだとしても許してくれる」などと思った。
神罰。
それに腕を奪われた男はもう剣を握る事ができぬと言われて呆然とする。
もう女神に愛された少女は死んだはずだ。いや、死んだからなのか。
そう自問自答するものの、それに応えるものはいない。彼の妻になった妖艶な美女は優秀な魔法使いであったが、喉を焼かれた。それから嘆き苦しむ彼女であったが癒しの魔法は使えない。彼の腕も、彼女の喉も、女神が潰したものであるからだ。
「ノエル、謝る。だから…」
腕を返してくれ、と男──アルトは女神像に頭を下げた。
彼とナージャの約束された地位はこの腕と喉のせいで反故になった。それならばと金銭をと言えば、「英雄が物乞いか」と鼻で笑われる。
それでいて、彼らが仲間を殺してまで手に入れた女神の装飾具は王城で保管され、手当は付かなかった。曰く、箱入りの王子様と役立たずの聖女を殺したくらいで褒賞が出るわけがない、である。
ノエルに願っても、特に彼女が何かをしたわけでも願ったわけでもない。多少痛い目にあえばいい、とは思ったが、基本的に日常生活で彼らのことを思い出すほどノエルは不幸せではなかったし、今の彼らに興味もなかった。クロードとの再会でやっと存在を思い出したくらいである。
全ては神罰に加えて偽の女神の装飾具が反転して呪いになったためである。
ノエルは忘れていても、女神は彼女に危害を加えようとしたことを覚えていた。おまけにキレていた。ノエルが旅の時に瘴気に身体を侵されることのないようにと作ったお守りまで使ってその身を害そうとしたのだ。天罰というにも生ぬるい。本来ならもっと苦しみを味わわせていいくらいである。
ノエルの性格は良くはないが、悪くもない。
女神の力を乱用しない理性がある以上良心的ではあるだろう。
そして、だからこそ女神テティシアは彼女以上に怒る。
世界から無理に引き離されて、それなのにこちらの世界を救おうとしてくれた少女のために。
テティシアが与えた幸運の加護がノエルの自己防衛の処世術と合わさって女神の怒りを増幅させていた。数代の王族がバカをしたということもおそらく関わっている。
「本当に舐めた真似ばかりしてくれる」
ノエルと、彼女が癒したアイザックのおかげで女神への信仰はさらに高まっている。本人は否定するが、割と人を助けている聖女は人気が高い。だからこそ、リチャードなどは王家に取り込もうとしていた。
そして、助けるたびに女神の名前を出すおかげで女神から聖女への好感度は上がりっぱなしである。
だから、裏切り者が無事に済むはずもなかったのだ。
彼らの身体を、徐々に神罰が蝕んでいく。
殺したりはしない。
だって。
「生きている方が、苦しいでしょう?」
女神はそう言って美しい声で笑った。
見ないも何も、聖女の守りを使って聖女を直接害そうとしたせいで女神にガチギレされて生活にも苦労するようになってたという。
仲間だったのに裏切ったところもギルティポイント高め。




