王様の前で小芝居をした件
王様への謁見の日である。
鏡の前で努めて優雅にと微笑んで見せた。今日も清廉な聖女様を演じなくてはならない。
正直なところ、王様は嫌いだ。第二王子はきっとこれに似たのであろう。だいぶ虫唾が走る。異世界の平民の女を侮っている気がする。うっかり転けた拍子に頭ぶつけて儚くなってほしい。憎まれっ子世に憚るというし長生きしそうだけど。
謁見の間につながる扉の前へと案内されると、うんざりした顔のアレンがいた。扉が開くと第二王子とその取り巻きと美しい金髪の少女がいる。柔らかそうな大きめの胸。なのに折れそうな儚さを纏う少女は艶やかさも併せ持つ。
これが例の公爵令嬢か、と思いつつ所定の位置についた。
「勇者アレン、聖女ノエルよ。よく来た」
「勿体なきお言葉にございます」
アレンは不快そうに第二王子たちを見つめた後目を逸らし、返事だけする。私たち平民組、何故か勇者と聖女になっちゃったの!お前らが行けばいいのに。
「陛下!恐れながら何故異世界から来た、それも平民の女を聖女などと……!」
「質問の許可を出した覚えはない、神官」
レイト・モリアートは私を睨みながら黙った。じゃあ勝手に呼ぶんじゃねぇよ、という気持ちを胸に優しく微笑んで見せる。気味が悪いというように彼は目を背けた。
「それで、聖女よ。昨今広がっている噂の真偽について聞きたい」
「まぁ……わたくし、どんな噂をされているのか、まるで心当たりがございませんわ。どういったものなのでしょう?」
周囲の目が厳しくなるのを感じたが、それに気付かない顔をしておいた。王は愉快そうに笑う。あ、そういうところはセドリック殿下が似ているかも。彼ならば途端に「女狐」と言うだろうけれど。そう呼ばれるのはどうなのかしらって思うけど、最初はそれよりも狐と狸の概念が通じるんだなぁとしみじみ思ってしまう方が強かった。今はこちらも狸と呼び返してしまうのでそう喧嘩も何もしていない。喧嘩や争いというものは存外面倒なのだ。
「我が息子、セドリックとの恋物語よ」
「あら、そんな……こんなに大勢いる所で当人に恋のお話をしろと言うなんて、意地悪を仰いますわね」
恥ずかしそうに頬を染めると、王の隣の女性が優しく微笑んだ。
「陛下、セドリックは王位継承権がそう高くはないとはいえ、立派な武人です。王太子が確定次第臣下に降る予定ですが、城で暮らすよりも穏やかに生きられるかと」
あー、初めに謁見したときやたら厳しい目してたのに自分の息子が責任取らずに済むのなら途端にイキイキし出すのマジ草。
つーか、それより先に私を元の世界に返す努力をしろ。努力してダメだったのと、努力もせずに先を決めていくのとでは私の好感度段違いなんだが?
「お待ちください、陛下、妃殿下」
制止の声とともにマントを翻してやってくるセドリック殿下。
近づいてきて私の手を取り、傅いて見せる。こうしてみると王子様だ。
「ああ、我が愛しの君。私の女神。あなたを惑わすつもりはなかったのです。あなたは私の希望。受け入れてもらえるとは思っておりません。しかし、私の愛をあなたに捧げることをお許しください」
わぁ、すごい。
恭しく傅く王子様、女子の夢の中にしかいないと思ってた。
「陛下。恐れ多くも聖女ノエル様は呪いに侵された私を呪縛から解放し、こうして健康な身体に戻してくださりました。その折の祈る彼女の姿に私は……心惹かれてしまったのです。しかし、その彼女を守る役目を承りしはクロードだと聞いております。どうか、最愛の人を守る栄誉を私にも与えてくださりませんか…?」
切なく私を見るセドリック殿下はなかなかの役者である。例の公爵令嬢っぽい人が感嘆の息を漏らすわけである。
私もそれに感じ入るかのように「セドリック様……」と恋する少女の顔でその手を両手で包み込む。
「ありがとうございます。わたくしの光。尊いあなた。こんなわたくしでもあなたを守ることができるなら、恐ろしくても魔王と戦うことができます。でも、辛い戦いにあなたを巻き込むなんて……!」
悲しげに目を伏せると、セドリック殿下は焦がれるような瞳で私を見る。
「二人の気持ちはよく分かった」
「陛下!」
「黙っていろ、クロード。良い。魔王討伐の任、セドリックに任せよう。良きに計らえ。だが、失敗は許さん」
「ありがたき幸せ」
私を愛しげに見つめるセドリック殿下にうるうるとした瞳を向ける。
胡散臭そうな笑顔で私たちの側に立つアレンはこの茶番を知っていたからこそ平然としているのだろう。
ところでフォリア公爵令嬢なんでこんなとこいたんだろ。分からん。




