王太子の後悔
細い黄金色の髪がふわりと揺れる。
繊細そうな顔立ちの男は苛立たしげに目の前の沼を見る。
「あの女も、全てを浄化しないまま旅を終わらせるなど舐めた真似をしてくれた」
いつもよりワントーン低い声で呟かれた言葉に近衛の肩が震える。
いつもルイーゼと一緒にいる王太子、クロードは紳士そのもので口調も柔らかい。穏やかで優しい、理想の王子そのものであった。それ故に、ドスの効いた声に驚きがあった。
すでにルイーゼには浄化の力はない。
力の強い聖職者は何故か国内から消えていた。大司教もすでに公国へと戻っており、国に残る神官は能力も知識も低い。
処分したのは時期尚早だったか、と唇を噛んだ。せめて側妃にでもして便利使いするべきだったかもしれない。
メーティスに関してはあそこまで国に貢献していたとは思わなかった。同母の弟ではあるが、メーティスは口煩く真面目で融通が効かなかった。愛妻ルイーゼを娼婦でもあるかのような言い方をされたのも許せなかった。
だからこそ彼は父である王に従った。
応急的な処置として、聖地から呼び寄せた神官を配置して命令を下す。
聖地からやってきた神官は聖女の不在を怪訝に思いながらも任に着いた。
そして、クロードは予定よりも早く城に戻った。
ルイーゼに早く会いたいと王太子妃の部屋の戸に手をかける。
すると、クスクスと笑う愛らしい声と一緒に聞いたことのある男の声がした。
思わず手が止まる。
「ロイったら……」
媚びるような妻の声に目の前が暗くなるのを感じた。
いつからだ、と彼は自分に問う。
幼馴染と大好きな女の子。
その関係は、一体。
「これ以上はダメ。わたくし、クロード様の御子を産まないといけないもの」
「そのあとならいいのか?」
その問いに彼女はどう答えただろうか。
王太子はそっと部屋から離れて寝台に座り込む。
クロードの全てはルイーゼだった。
(だが、ルイーゼは……?)
ここに来て、クロードは初めてそう自問自答する。
彼女に問えば、きっと「クロードが一番好きよ」と答えるだろう。
「一番、ということは二番もあったのだろうか」
自身の震える声に気付いて自嘲の笑みが溢れた。
聖女ノエルの婚姻前から彼の髪は抜け落ち始めていた。鬘を被っているが本来の彼の髪は前髪と中央には頭皮のみが残る状態だ。
気が付かないふりをしていたが、その頃からルイーゼはクロードを避け始めていた。
───今のルイーゼはクロードが、最も嫌っていたはずの令嬢と同じだった。
より高位の貴族に取り入り、造形の整った異性に取り入り、自分を地位や顔でしか見ない。
そんな令嬢とルイーゼのどこが違うのか。
クロードの盲目さは薄れつつあった。
ルイーゼ、バレた。




