奔放な悪役令嬢と呆れる女神
なんでなの、と美しい金色の髪が自慢だった少女は親指の爪を噛んだ。前世からの癖だったそれは、生まれ変わっても変わらない。最近のストレスからかボロボロになった指を見てこれではいけないと思いながら手袋をはめた。
魔道具はまともなものが用意されず、異世界転生した身でもそれなりの文化水準で暮らしていたはずなのに、一気にそれが下がった。何を言ってもお金を用意してくれれば、と彼女を下卑た目で見る官僚しかいないのも悪夢だ。
髪だって最近ストレスからか抜け毛が酷く、夫となったクロードなどは天辺が丸く皮膚の色が見える。一応、鬘なども利用しているが、少しだけ忌避感が出る。公爵家の令嬢で王太子妃の自分が何故ハゲの相手などしなくてはいけないのか、と唇を噛んだ。
だが、目の前に現れた屈強な青年を見て表情を和らげた。
「ロイ!」
「よ!元気そうだな」
ニッと笑った彼は、つい先だって役目を離れた父親の代わりに騎士団を纏めている。伯爵家の領地を守らねばならないと彼の父親は騎士団を辞したのだ。ロイはルイーゼを守りたい一心で残ったのは周囲の白い目からも明らかだが、彼自身はバレていないと思っている。
ルイーゼは王太子妃にと迎えられて以降、かつての幼馴染を愛人のように扱っていた。クロードの外見が多少落ちてしまっても、彼らがいると思えばまだ少し気が楽だ。
子どもができていないから最後まですることができないのが惜しい、とルイーゼは少し残念に思う。
長男は絶対にクロードの子でなくてはならない。父から言われているそれには従わなくてはいけない。
「ったく、メーティス殿下にも困ったもんだぜ。魔道具部で製作していたものの図面をほとんど燃やしていきやがった」
爆発騒ぎで駆り出されているロイが腹立たしげに言うと、ルイーゼは目をぱちくりとさせた。
「メーティスが、どうかしましたの?」
「斬新な魔道具を一番作ってたのがどうやら殿下だったらしい。居なくなって出てったヤツらも自分の分の図面は持ち出したり処分してやがるからな。……冬にどうなるかとか考えたくもねぇな。凍死者が増えるかもしれん」
難しい顔でそう言うロイの言葉に耳を疑う。周囲はメーティスがそんなに生活に関わる魔道具を作っているだなんて教えてくれなかった。
(知っていたら、ヘアドライヤーもアイロンも美顔器も…作ってもらえたかもしれないのに!)
自分勝手にそう思う彼女は不便になった生活を思って苛立たしげに親指を噛んだ。
メーティスの才能の全ては現在ノエルとラビニア帝国が享受している。しかし、メーティスが死んだと思っている彼女は考えたって仕方がないか、と考えて息を吐いた。
「ルイーゼ」
「なあに?」
彼女の耳元でクロードが今晩不在なことと、夜の逢瀬の伺いを立てるロイにルイーゼは頬を染めた。
「あの子、少し奔放過ぎはしないかしら」
それを見ながら女神テティシアは呆れた顔をしていた。
そもそも、不貞は教義に反しているのだけれど、彼女たちがそれを気にする様子などない。
「昔、瘴気が増え過ぎて仕方がなく呼んだ聖女の裔だからと便宜を図り過ぎたのかしら」
段々と図に乗っていく様は見るに堪えないので、最近は放置気味だった。聖女とは、基本的に信心深くなければならない。それは異世界人にはあまり適用されないが。
女神は基本的には呼び出しても比較的差し障りの少ない人間を聖なるものとして選んできた。
家族がいない。虐げられている。死にたいと思っている。居場所がない。
そういった人間を選んではいたのだが、ある日王族がその奇蹟であるはずの召喚魔法を解析して、多くの魔力と引き換えに彼ら自身が聖女と呼ばれる存在を呼び出す方法を作り出してしまった。
それはただ、聖女としての強い力を持つ者を呼び出すという、あまりにも勝手な魔法だった。
それ故に帰る方法を神官を介して伝えれば、それも破棄する阿呆が現れた。女神はあの時、頭を抱えた。破棄した当時には女神の意思を受け取れるほどの神官はいなかった。阿呆はしっかり灸を据えたが、それが王家の目に留まって更にちょっかいをかけられる始末。申し訳ないと胃を痛くした。
「ノエルには幸運の加護を渡しておいて良かったわ」
やっぱりあれは必要不可欠だったわねと頷くテティシア。
かつて、女神に愛された者として王家に目をつけられ追いかけられ続けた女性を思い出して、女神は逃げることができた当代聖女がこのまま幸せになってくれればと願う。
「それはそれとして、あんなのに子どもができたら不幸よねぇ」
指を軽く振ると金色の光が散った。
下手に聖女の末裔でちょいちょい見られてるので、何をどうしてもルイーゼは改心しない限り子宝には恵まれないとかいう……。




