ただ生きるための旅路
治癒師として活動している中に凄腕の者がいる。
そう聞いた男は這う這うの体でラビニア帝国の帝都に辿り着いた。
その身体は瘴気に侵され、目は虚ろ。触ればその身に障る事が分かるだけに誰も助けることができない。それでも、生きる為に彼は必死で足を運ぶ。
教会へと辿り着いた時はもう深夜。
吐く息は荒く、彼の生命の灯火は尽きようとしていた。そんな彼を見つけたのは一匹の白いドラゴンだった。
ノエルが連れてきたブランという名前のドラゴンである。
ノエルは「前みたいにお外に連れて行けないの可哀想」と地味に気にしており、メーティスはそんなノエルの優しさにちょっぴり感動して、姿を隠す魔道具を作った。なお、そんなものが出回れば危険度が増すとのことで緘口令が布かれている。家に情報を漏らす人間はいないが。
そういう事で、お散歩に出られるようになったブランは夜などにちょくちょく出ていた。夜になると、主人夫婦が部屋に籠るようになったので居辛いというのも理由の一つである。
そんなブランは女神の御使とも呼ばれる存在である。自然、瘴気に対して多少の抵抗力があった。
(ノエルが知ったら治すだろうしなぁ)
死にかけだというのも、ブランを後押しする事となった。
ブランは首元に足を引っ掛けて、自宅へ向かい飛び立った。
コンコンコン、と窓を突くような音がしてノエルは窓に近づく。
二度目の湯浴みを終えたばかりの彼女は、その前の行為と合わさってか気怠げだった。
窓の外にブランを認めた彼女は表情を綻ばせて窓を開ける……、とドラゴンが持ってきた真っ黒の瘴気を纏った青年を見つけて小さく悲鳴を上げた。いきなり末期患者を見つけてしまったので驚いた。
そんなに大きな声ではなかったが、ノエルの夫であるメーティスは妻の悲鳴を聞きつけて走ってくる。
「どうした!?」
「メーティス、私の部屋からポーション有りったけ!!至急!!」
夫婦の寝室に何故男がいるのかとか、ブランがあれこれ働かされているとか考えたいことは多かったが、「早く!!」と愛しい妻に急かされて彼は「分かった!」と声を上げた。彼には治療を頑張っているときの妻に逆らうという考えはなかった。
「生きる事を諦めないで」
男はその言葉に一瞬だけ目の光を取り戻し、目の前で弾ける光の力に身を委ねた。
「よく見ると、アイザック・フォリアじゃないか」
治療が終わった頃にメーティスは眠る男の正体に気づく。
彼は、アイザック・フォリア。フォリア公爵家の嫡男だった男であった。
病という名の人災を得て、両親や妹から逃げて。
ようやく彼は生きる権利をもぎ取った。




