すこし落ち着いた件
腐っても聖女なので、ちょっとくらい働こっかなぁと思っていたんだけれど、メーティスが私が家にいるとにこにこスーパーご機嫌MAXなのでメーティスが帰ってくるまでには確実に家にいたい。そういう……パートタイマー的なことできないかな。
そんな事を考えてはいたけれど、貴族的にはメーティスが甲斐性なし扱いされてしまう気がしてどうにも動きにくい。
うーん、私は一般家庭育ちだから家にばかりいるのもなぁ。
あと、最近チラッと「もう少ししたら生活が落ち着きそうだね」って抱き寄せられながら言われたんだけど、それってあの。例のおさそいだったり…そんな事あるような、ないような…。
うう、そういうのもやぶさかではないのだけど、そういう事を考えてしまうと恥ずかしくなってしまうのは仕方ないと思う。
「奥様、見事な刺繍ですね。寄付用ですか?」
「ええ。今のところこれくらいしかできる事がないものね」
メーティスに隙を作るのは嫌だし、かといって何もしないのは性に合わないので、最近は孤児院への寄付用に刺繍をちょこちょこやっている。教会が開催するフリマで売ってその売上金額が納められるらしい。
ついでに、直接持っていくので外出はしている。その時はサフィールもついて来てくれる。じゃないとメーティスが心配するので。魔法を放つ私を見ているはずなのに私の旦那様は心配性である。そんなメーティスも可愛い。
あと、持っていって差し障りなさそうなところをきちんと紹介してもらった。この世には悪徳孤児院もあるらしいので。
私としてはメーティスの方が心配だからお守りに魔石を使った自衛用結界装置を作って渡しました。夫婦で開発したやつだけど、私並に結界張れる人いないから他所じゃ多分作れないんじゃないかなぁ。
それなりに溜まってきたなぁと籠を見る。
本で勉強したりとかもしているんだけれど今時間があるからなぁ。社交をしているわけじゃないし、領地があるわけでもない。ラティスフォード殿下に家を用意されてしまったし、移るように言われてしまったけど、その家だって現状ではたくさん使用人がいるわけじゃないので女主人としての役割もそんなにない。…正直、掃除はクリーンの魔法でなんとかなっちゃうし、私たちそこまで食事にとやかく言うタイプではないからね。
何はともあれ、落ち着いた暮らしっていいものだなぁ。
「妻が可愛すぎて辛い」
「我慢がか?奥方は今家を取り仕切りながら寄付等の活動をしているくらいなのだから少しぐらい激しくても構わないのではないか?」
「神聖過ぎて手が出せないんだ」
ラティスフォードはそんな事を言いながらも、頬を桃色に染めながら紙にエゲツないスピードで設計図を書き記すメーティスを見てため息を吐いた。恋愛感情を表情に出しながら、完璧に仕事を仕上げるなんてどういう脳の構造をしているのかちょっと気になっている。
恋する天才は相手によっては厄介なことこの上ないが、ノエルは過激な発言をしていたが基本的には善良だった。ドレスや宝石、金銭を強請るわけでもなく穏やかに慎ましく暮らしている。だからこそ楽観的に彼ら夫婦を見ていられるのだが。
「この魔道式空気清浄機は良かったな。風邪をひいていた姉上も咳がマシになっていた」
「元々、僕たちに与えられた家が酷すぎてノエルが心配だったから即席で作ったんだけど…まぁ役に立っているならいいよ。生活用品を作る方が気は楽だしね」
どこまで聖女が好きなのか。それにしても、とラティスフォードはホッとする。中には二人を別々の婚姻で国に縛り付けてしまう方がいいのでは、なんて言う阿呆もいた。これを見ていれば引き離すなんて考えただけでゾッとする。双方が手放し難い人材である。せっかく手に入れたのに出て行かれては敵わない。
聖女が帝都に現れてからあからさまにこの国の魔物量が減っている。女神の寵とはよく言ったものだ。
メーティスのためなら多少は我慢してくれる様子だった聖女。
聖女のためなら何を投げ出しても一向に構わない男。
碌なことにならないに決まっている。
皇帝に出した報告にも同様の意見を示しておいた。民のためにも絶対に引き離すべきではない。
(メーティスを狙ってた令嬢達もいたみたいだが、何かちょっかいをかけてくるならば王命でもなんでも他のやつと結婚させる必要があるな)
最悪、代わりなんて中々居らずとも、メーティスは消えても残念、で終わってしまうがあの聖女は違う。
国に安寧をもたらす女だ。他国に逃すことなど損失にしかならない。
「ノエルも外に出ている方が生き生きと活動できる気がしているんだけれどね」
メーティスがそうボヤいた途端、部屋の外で大きな音がした。ラティスフォードはエリオットに目線を向けると、彼は一つ頷き、部屋の外に出る。
そこで目にしたものは取り押さえられる銀髪の美しい青年と、それを忌々しげに見下ろす焦げ茶色の髪の青年だ。
「キャヴァリア殿、スペード殿。こんなところで何をしている」
「おや、レイズ殿。皇太子殿下のお守りは良いので…?」
「口を慎め。侯爵家子息であるお前に殿下を馬鹿にした発言が許される訳がないだろう」
不快だと示すようにそう言えば、キャヴァリアと家名で呼ばれた青年は鼻で笑って去っていく。それを追いかけるように、スペードと呼ばれた青年を取り押さえていた男二人がどさくさに紛れて彼を蹴飛ばしながら去っていった。
帝国も一枚岩ではない。先程の男は「少なくとも聖女はこの国の人間に管理させるべきだ」と主張している派閥だったか、と考えながらもエリオットはスペードに手を差し出した。
「大丈夫ですか?」
青年は少し驚いたような顔をして、それから「ありがとうございます」と表情を緩めた。




