ラビニア帝国は優秀な人材を欲している
広い執務室。調度品は美しく品があり、実用的である。
紺色の髪、エメラルドグリーンの瞳を持つ精悍な青年は従者の報告を聞きながら机に肘をついて頭を抱えていた。
「どこをどう考えたら国の英雄を軒並み追い出したり殺そうって判断になるんだ、あの国…」
「まぁ、おかげでシルヴィー商会が我が国に根を下ろし、勇者はメイド姫と結婚して海近くで冒険者稼業、第一王子はわかりませんが聖女も殿下のご友人と結ばれて我が国に向かわれている可能性が高い。万々歳ではありませんか」
「でも、やっぱり攻め落としておくべきか?なんか嫌な予感するんだよなぁ」
「やめてくださいよ、ラティスフォード殿下。あなたの勘は妙によく当たるんですから」
ラティスフォードと呼ばれたラビニア帝国の皇子は苦々しげに影からの報告書を掴んで溜息を吐く。
曰く。
異世界の聖女は友人であるメーティスと良い関係である。
メーティスは聖女に並々ならぬ感情を抱いている。
メーティスは聖女を溺愛している。
「なぁ、エリオット。メイが溺愛とか冗談キツいんだが。基本無表情、恋愛感情向けられ次第嫌悪の視線、近づく女は全て敵。そういうやつだったろ。報告見るに、聖女とはいえ特に美しくもないただのそこそこ善良で真面目なだけの普通の女だぞ?」
「だからこそ惹かれたのではありませんか?知りませんが」
「本当だとしたら下手に婚姻に手を出さない方が正解だな。手を回せ」
溜息を吐いて従者にそういうと、エリオットと呼ばれた深緑の髪に金色の瞳の青年は「御意に」と頷いた。
「メイにも特別ができちまったか。王太子みたいに女に狂ってなければいいが。召喚されて妻になった方の聖女は、報告見てる限りまともそうだからそこまではいかないか」
王の執着次第で暮らし良い国にも、強い国にも、愚かな国にもなるのがガラテアという国である。
やはりさっさと潰しておいた方が面倒がなさそうだ、とラティスフォードは影を呼び出す。
「あの国、もう少し探ってきてくれ」
執務室から城下を見て口角を上げた。
「メイがいないなら、あの腐れビッチがいる国なんてぶっ壊してもせいせいするだけの話だもんな」
正ヒロインであるはずのノエルは知らない話なのだが、ここは確かに彼女が薄ら「そういえば」と思い出していた恋愛RPGの世界である。
悪役令嬢はノエルの名前を昔からかってきたために縁を切った元友人の転生後だし、元々同じパーティで旅する予定だったクロードたちは攻略対象である。
悪役令嬢ルイーゼはそのゲームの攻略対象六人のうち四人を攻略した。
元々幼馴染であり、同じ国にいた彼らは物語を知る彼女にとって攻略は容易かった。暗殺者の青年は出会う事がなく、旅に出ていない彼女はノエルについた彼の気分を損ねることしか城で話したり行ったりしていなかったため「ないわー」と言われている。彼の中で「消した方がノエルのためではランキング」上位である。
そして、もう一人。
攻略されていない隠しキャラであった青年がいる。
それが、ラティスフォード・アインス・ラビニア。
ラビニア帝国の次代の王、皇太子である。
ガラテア王国に立ち寄った際にルイーゼと知り合っていたが、公爵令嬢のくせにマナーは守れず知識も薄い。ラティスフォードの悩みを知っているかのように近づくルイーゼを警戒した彼は、彼女のことを調べさせた。
聖女という評判の裏に見えてくる醜悪な人間性に、「コイツだけはないな」と思った。そして、同じことを考えていそうな同い年の王子と仲良くなった彼は「あんなクソ女がいてお前を蔑ろにする国捨てて、私の国に来ないか」と誘っていた。メーティスは普通に優秀で真面目な男だったので、友人を殺すことはできればしたくなかった。
そんな友人が「妻を蔑ろにするなんて絶対許さない」とばかりに王城退去前に作っていたマニュアルなどを全て処分して出てきて、更に暗殺者を差し向けられていた。
もう「メーティス国捨てる気しかないのでは」という考えに至ったラティスフォードはにっこりである。
メーティスとセドリックのいないガラテアなんて付け入る隙しかない。アイリス公爵やロージア辺境伯も王家を見限った印象だ。益々やりやすい。
「早く帝都まで来ないものか。とりあえずは奥方に色目を使わない連中と一旦挨拶に行き、魔道具を好きなだけつくれるように環境を整えてやるかな」
ラティスフォードは正しくメーティスの才能と勤勉さを理解している。彼は黙って金と立場を用意してやれば勝手に結果をどんどこ作っていくのだ。
そして、メーティスは基本的に争いが好きではないので、地雷さえ踏まなければ優秀な男が楽しく仕事をしてくれる。
聖女がどんな女かは知らないが、夫婦の関係については確かめてから取り込むための手段を考えた方がいい。
影が伝えてきた通りの人物であれば、貢献次第で彼女自身にも良い身分を用意してやれるし、優秀な夫婦をまるっとおいしく労なくいただける。
しかも友人はこの優秀と名高い聖女が大好きである。彼女に近づきすぎないように彼ら夫婦を正当に扱うだけで国への利益は大きくなっていく事なんて容易に予想ができた。
楽しみだ、と皇子は笑った。
友人を評価している上に、信頼する隠密が「地味だけど能力が優秀な聖女が一緒だよ!」報告をしているので早く取り込みたい隠しキャラ様。




