崩れ行くもの
「魔導具部が爆発したぞ!!」
メーティスが城を去り、その後釜に都合の良い貴族を当てた。平民の職員は追い出し、下位貴族に雑用を任せて上位貴族で固められた部署だったが、残った職員は軒並み辞めていった。
「メーティス殿下が去られた王城に興味も何もありませんので」
平民や下位貴族、変わり者の上位貴族の強がりかと思っていた権力者は満足気に笑った。
だが、あるはずだったマニュアルも知識のある上位貴族も軒並み消えていることに気づかぬまま惰性で仕事をしていた彼らに待っていたのは度重なるトラブルと事故。
連日続く問題に国王すら苛立ちを濃くしていく。
「神具が使えなくなっております!これでは瘴気の浄化ができませぬ。どうか聖女様を!!」
「ルイーゼは婚姻により処女では無くなり力が消えた。浄化はできぬ」
「……ッ、では異世界の聖女様をお呼び戻しくださいませ!」
一方、女神を祀る神殿からは次々と神具が使えなくなっていると王太子に直訴があった。
最近、召喚した聖女と弟が死んだことを知っていた彼は「無理だ。本部とやらから再び応援を呼べばいいだろう」と告げる。聖女であるノエル本人が聞けば「浄化とか処女じゃなくてもできるでしょ」と呆れたように言うだろう。実際にその通りではあるのだが、ルイーゼに女神への信仰心はなく、女神は今代の聖女を排除しようとした彼女から加護を取り上げている。そのタイミングから、処女ではなくなったが故に力がなくなったとされたのはルイーゼにとっては不幸中の幸いといったところだろう。
また、王城に近い神殿にいた大司教含む多くの聖職者は、聖女ノエルとメーティスの結婚を見届けた後、総本部とやらに戻っていった。
実質、この国に呆れて逃げていったということには多くの上層部はまだ気づいていない。ただ「都合が悪い者がいきなり消えたのは幸運だ」と誰もが思い、今まで彼らがいた地位に飛びつく。そのくらいにはこの国は腐敗していた。
公爵夫人であり、王妹であるアリシアは溜息を吐く。
まず、聖女と呼ばれる存在を遠くにやるのは愚策だと彼女とその夫である公爵、そしてロージア辺境伯は王へ進言していた。しかし、王は話を聞くそぶりを見せない。
今の状況を鑑みると、もはや王都に留まり説得をするよりも、職を辞し、領地へ帰って領民たちへの影響をみながらその対処をした方がいいとアリシアの夫は判断した。
ロージア辺境伯もフォリア公爵領との境を封じ、内政に精を出すことにしたようだ。
(このままではガラテア王国は終わりね)
兄と甥は権力欲と情欲に狂った結果、国に必要な人材を繋ぎ止められなかった。そう経たないうちにこの国はフォリア公爵が支配するようになるだろう。
ガラテア王国の王族は何かしら一つのものに対する執着を強く持つとされる。
アリシアならば、それは母の形見の指輪だった。何を贈られようとそればかり身につける彼女を気持ち悪がった人間が多い中、残ったのが今の夫だ。
「大切なものがあるのは悪いことではないしね」と大らかに笑った夫は愛情深く、アリシアを大切にしてくれた。公爵家の次男だった夫は、兄が婚約破棄騒動を起こしたばかりに公爵家を継いだ。
王はなによりも権力を愛した。
そのための王妃、そのための子。愛した女であっても王妃に迎えようとはしなかった。
王太子はルイーゼただ一人を特別とした。ルイーゼのための権力、ルイーゼのための周囲。ルイーゼ自身は奔放な性格をしており、数人の貴族の子息を侍らせているが、そのうちどうなるかは定かではない。
セドリックは成長するうちに強い力というものに強く興味を示した。自分の体を最強のものにしたいという意志が非常に強い。ストイックさはそこについてきたものに過ぎない。
だが、欲求としては他者をどうこうしてまで叶えたいという意思を見せていないところをみるとまだ軽い。
よく言えば一途、悪く言えば執念深い。
「アリシア、辞職届はすんなり受理されたよ。行こうか」
「はい、あなた」
呆れたようにそう言った夫にアリシアはついていく。
「聖女…ノエル様も無事であれば良いのですが」
「無事だろう。メーティス殿下はあれで王族の血を濃く受け継いでいらっしゃる」
怪訝そうな顔をする彼女に、夫であるグラディオ・アイリス公爵は微笑んだ。
結婚式を見ていた彼はメーティスがノエルに向ける強い気持ちに気がついていた。
「さぁ、行こうか。アリシア」
愛しげに差し出された手のひらにアリシアは手を重ねた。
程度によって執着と呼ばれることもあるしただ愛情深いと言われることもある。
いわゆるルイーゼの知る攻略キャラでなかったメーティスは意外とクロードほどは拗らせてない。




