撤退準備をしている件
畑に植えていた作物を丁寧に収納していくと、メーティスに三度見くらいされた。こんなに収納魔法の容量が大きい人間を見たのは初めてらしい。よく言われる。
メーティスはいつも私を優先してくれるのだけど、これが溺愛というやつなのだろうか?
いやでも好きな女のために国捨てようとするのはありなの?でも、平民になっても添い遂げたいと願ってくれているあたり、創作物における真実の愛より真実の愛っぽい。だって、そういう真実の愛って結局結ばれた二人はそれなりの地位で幸せに暮らしましたとさ、という終わりでしょ。偏見だけれど。
クロウに聖女の加護付きのお守りを持たせて色々探ってもらった結果、陛下は私を殺して女神の装飾具とかいう呪いなのかなんなのかわかんない例のアレを手に入れるつもりらしい。一つだけ確実に理解できるのは、それを実行して成功したところで、聖女の血を吸った装飾具が聖遺物としての力を持つかというとそうではないだろうということだけだ。どう考えても正しく呪いのアイテムになる可能性しか見当たらない。多分女神様は結構私のことが好きである。
まぁ、そうなったところで私のせいではなく王様のせいなので私に何かあったら迷いなく地獄への筋道を立ててみせるけれど。
「ノエル」
呼ばれて振り返ると、メーティスがいた。
優しく私の手を取ると、指先に口付けた。
「終わったのかい?」
「ええ。あなたは?」
「僕の方も作業はほとんど完了したよ。僕たちは仕掛けの為にしばらく身を隠さねばならないからね」
「……本当に、大丈夫でしょうか?」
「どんなことになっても、君だけは守ってみせるよ。僕の愛しいあなた。最も尊い人」
「またそんなことを言って。一緒に長く生きてくれなければ嫌よ?」
むくれて見せれば、メーティスは困ったように笑った。だって、あなたが私の恋心を暴いたのだもの。
それならば、暴いたその責任を取るべきだわ。
「うん。ノエルが僕を求めてくれる限りずっと」
「あら、余所見をしたら叱ってくださいませ。私もあなたを誑かす人間が現れたらどんな手を使っても排除いたします。私たちは夫婦なのですから」
「そうだね。僕のノエル。最愛の妻、生涯の恋人、女神の恩寵を得た美しい人よ」
抱き寄せられて見つめ合うと……間に「きゅいっ」と愛らしく鳴く生物がひょっこりと顔を出した。ブランである。今日も可愛い。
「ブラン、タイミングが良すぎないか?」
「残念でしたね、メーティス」
「少し、ね」
そう言って肩をすくめたメーティスの頬に唇を寄せる。
悪戯成功、という気持ちで笑うと、メーティスは頬を赤く染めた。
「実はね、ここに残るにしてもラビニアに行くにしても、それなりの伝があるからそこまで心配はしなくていいんだよ」
「そうなのですか?」
「僕はあまり期待されていなかった第三王子だから留学をしていたんだ。王子でなければ、なんてよく言われたものだけれど。後、兄上の立太子が決まったらうちに来い、とかね」
「まぁ、王族をスカウトしようとするだなんて肝の据わった方もいらっしゃるのね」
それ普通に「うちの貴族の婿とかに来て!」って意味だったんじゃないかなって思うけれど。
「大体君の思ってる通りの意味だと思うけれど」
「メーティスは私の考えている事がわかってしまうのね」
「慣れてしまうと結構君はわかりやすいよ。さっきも少し不快そうな顔をしてた。僕には君だけだよ」
割と正確に理解されている気がする。
そんなにわかりやすいかな、と頬を手のひらで覆う。上目遣いでメーティスを見れば、嬉しそうに微笑んでいた。
「そういう方面で声をかけてきた連中と関わることはまずないよ。今の我が王家と関わりを持ちたい国なんてないしね。僕は君と静かに暮らすための努力は惜しまないけれど、君と離れるなんて考えられない」
「…ずっと、離さないでくださいませ」
そういうと、肩に乗ったブランを撫でてから私の額に唇が落とされた。
くっ……こんなに理想の王子様やってる男がモテないわけがない。ここを離れることになったら聖女らしさを磨いて女共を軒並み追い払わなくてはいけない。陛下たち本当に兵士とか送ってくるの?瘴気ヤバいし止めといてほしいなぁ…。私だってメーティスに群がる女たちと戦い続けるの嫌だよ。
メーティスだけは離してはならないと本能が叫んでいる気がするので頑張るけど。
「もちろんだよ、僕の黒曜石。僕の光の君」
やっぱりこれがモテなかったなんて嘘だから陛下大人しくしていてください。いや頼む。ガチ。
メーティスは基本的に不快な人物に対しては冷ややかなタイプ。モテなかったのは兄と義姉(候補だった彼女)があれなので恋愛不信からそういう気持ちで擦り寄ってきた人間全てに素っ気なくしていたから。
今のメーティスは多分モテる。




