聖女に恋した王子様
跪いて許しを乞う。
これは罪だ。
許されない思いを抱いた罰なのだ。
異母兄セドリックの想い人を知るきっかけになったのは、セドリック兄上が回復し魔王討伐に出ると知った時だ。
寄り添い合う二人は時折、気安く笑い合う。
健康になっただけでも素晴らしい奇跡であったのに、その女性は我が国についての勉学も、護身術も、魔法も。多くのことを真剣に学び、真面目に仕事を務め、魔王を倒す旅に出た。
元々、異世界より無理に呼び出され、無理矢理聖女とされた女性だ。
申し訳なさを覚えていた彼女にできることなんて、セドリック兄上との婚姻を祝福することだけだと思っていた。
せめてフォリア嬢をまともな淑女にとクロード兄上に声をかければ、クロード兄上は「ルイーゼはそのままで良いのだ」と頑として受け入れなかった。彼女のおかげでクロード兄上と両親の仲がそう悪いものではなくなったらしいということは聞いている。代わりに僕との仲が冷え込んでいるが。
その結果、僕は疫病に対する指揮をせよという命令の元、ロージア辺境伯領へ向かうこととなった。
都合が悪くなったのだろう。
運が「良ければ」、死んでくれるだろうという思惑も透けて見える。
実際、それも覚悟して僕たちは向かったがそこで再会した勇者一行の聖女殿は民を見捨ててはおけないと一緒に来てくれることになった。
彼女は思ったよりも素晴らしい方だった。
その力を以て、民を癒し土地を浄化していくその姿はとても神聖で尊いものだった。
あの女はフォリア公爵が金を積ませた人間しか癒してこなかった。それを見ていたから哀れには、力になって差し上げたいとは思っていても、心の底から聖女という存在を信用していたわけではなかった。
だが、彼女はどうだろうか。
この厳しい冬に昼夜を問わず、多くの人々を救い、快方へと導いた彼女以上に女神の選んだ聖女に相応しい尊い女性がいるわけがない。
兵達も、文句も言わずに子どもを癒す彼女を守れる事を誇りだと笑う。
周囲への気遣いを見せながら瘴気を取り除いていく彼女に思いを寄せるようになった。だが、それを誰にも気づかれるわけには行かなかった。
弟が、兄の婚約者に懸想するなど、あって良いはずがないのだ。
思い合う二人を引き裂けるはずがない。
けれど、事態が収束した頃に病を得てしまった僕を献身的に癒すノエルに、言い訳のできないくらいに惹かれてしまった。
だから、これは許されざる罪なのだ。
彼女が幸せになる事が望みだ、と恋する自分を誤魔化したくせに、セドリック兄上と他国の姫の婚姻を止められなかった。これは、罰なのだ。
「僕は、僕たちは陛下を止める事叶わなかった…!あなたに救われた身でありながら、あなたの心を守れず、愛しい人から引き離してしまった。奪うばかりの僕たちを、どうか、どうか…許さないでくれ」
好きな女性と結ばれるというのに、それを心の底から喜ぶ事ができない。
奪うことしかできない僕たちは、何を彼女に与えられるというのか。
「南の辺境地、サウリードは瘴気に満ちた何もない土地。あなたをそんな地に連れて行く自分が許せない」
「お顔を上げてくださいませ、メーティス殿下」
恐る恐る彼女の顔を見上げると、苦笑した顔がそこにはあった。
彼女は僕に言う。
この国を信用していなかったこと。
セドリック兄上との婚約は二人の契約だったこと。
そして、ノエルの望み。
「メーティス殿下、私はただ平穏に…静かに生きていきたいだけなのです。瘴気に満ちた土地は何もないと仰っていましたが、それは……ここにいる時のように理不尽な目に遭うことも少ないということだとも思います」
儚げな微笑みに今までの彼女の苦労を思う。
「憎む、許さない、というのはとても強い思いが必要です。でも、私はそういうのは得意ではなくって……。だから許さないという行為の代わりに、私のことを幸せにしてはいただけませんか?」
苦労のない暮らしをさせられない僕の手をそう言って包み込んでくれるノエルに、また恋をする。
一つ、素晴らしいところを見つけるたびに愛しさが募る。
愛しい人に愛される事は一生ないかもしれない。
けれど、それでも。
「僕のできうる限り、この一生をかけて」
好きになって、しまった。
僕は、兄の婚約者だった方と結婚をする。
困惑するように僕の手を取る聖女様をきっと、愛さずにはいられない。
「あら。この子には見どころがあるわね」
どこからか、そんな声が聞こえた気がした。




