引き離されている件
「婚約者がいる男に擦り寄る女ってヤベェよな」
アレンのセリフに思わず頷いた。
あれからウィステル殿下はめちゃくちゃセドリックさんにアタックをかけているし、その騎士の無言の圧力により私は側に寄るのを阻まれている。
「どこの世界にも人のものが欲しい方っているのだなぁ、と思わなくもありません。ところで個人的には、逆効果な気がしているのですが」
「ノエルも言うようになったよな。俺も逆効果だと思う。セドの好感度がガンガン下がって行ってるし今もうあいつを見る目氷点下だよ」
「我らの姫様に何たる無礼な…!」
「お忘れかもしれませんが、私の姫様ではありませんし、人の婚約者を付け狙う女性は同性に嫌われるものですよ」
黒い鎧を着込んだ男性騎士、エスタシオン・リュークスににっこりと笑いかける。
私がこの世界にきてから必死にもぎ取った安全地域を簡単に奪い去って行こうとはいい度胸である。私は基本的にめちゃくちゃ穏健派なつもりだけれど、喧嘩売られて黙って男差し出すほど温和ではない。
「姫様の判断が間違っている事などない!貴様のような下賤な娘が王族に媚を売っている今の状況こそがおかしいのだ」
そう彼は言うが。
住む場所、家族、友人、当然あるはずだった平和な未来、整えられた医療・学校、それなりに高水準の文化。私は自分のそれらと引き換えに聖女を押し付けられた。その対価を頂いて何が悪いのか。
毎日足の小指を何か硬いものにぶつけますように、と思わず祈ってしまった。
直後に岩にぶつけて悶絶していたので、帰ったら王様やルイーゼさん禿げてるかもしれない。
「下賤な娘にしか活路を見出せなかったこの世界の方に、何を言われても…」
「お前実はだいぶ怒ってるだろ」
「ふふ、バレてしまいましたか?」
普通に隣国も嫌いになってきている。滅べばいい。マジで。
ただそれを本当に祈るほどには人でなしではない。往々にして、国が滅んで一番困るのは民なので。私に人並みの道徳心があることだけは褒めてくれてもいいよ、女神様。
もうホント心の底から女神様だけしか頼るものがない。
弟の顔でも見てホッとしたい。お父さんとお母さんは別にいい。あの人たち割と私に興味ないから。
「ノエル、実際問題どうするつもりだ?」
「どう、とは?」
「陛下は利を取るぞ」
「でしょうね」
だからこの国の期待値低いんだけど。
いやもう本音言うと帰れるのならそれが一番気楽でいいんだよ。私は。
できないって言うからそれなりに穏便に幸せにさせろって言ってるんだよ。
なんでそれができない。
「わかっているのならば、他の道も模索すべきじゃないか?」
そう言うアルトさんに微笑みかける。
なるほど、国とすればそういう判断なのか。
馬鹿にしている。
セドリックさんが恋に落ちて私を切り捨てる方がまだマシだ。
そもそもがセドリックさんが私に向ける感情というのが恋でも愛でもない。
憐憫と義務感から始まり、今は妹のように思っているという感じだろうか。
それは別にいいのだ。
私だって別に恋をしているわけじゃない。
アルトさんは基本的に国に仕える騎士だ。はじめに寄越された奴らはルイーゼ信仰が厚すぎて腹芸ができなかったから外されたけれど、アルトさんはある程度周囲と溶け込めたから今まで一緒に旅してこれた。
けれど、彼の主は国王である。
その彼がアドバイスというか忠告というか。そういう風に声をかけてくるということはそういうことなんだろう。
「本当、困ってしまうわ」
みんな、みんな勝手なことばかり。
私の人生を踏み躙るならば、いつかそれ相応の報いを与えてやれればいいのに。なんて。




