春までの強行軍が大変だった件
来てよかった、と思いながら治癒を続ける。
小さな子供や妊娠中の女性、その家族を最優先に治癒を行う。
死屍累々、とはこのことだろう。
医療のそれなりに整った国で、その恩恵を受けながら育ってきた私は医療関係の仕事に就いていたわけではないので正直ここまでの惨事には遭遇したことがない。
こんな状況、テレビでたまに流れるドキュメンタリーを見た時くらいでしか知らない。
旅をしていく中でよく感じたことなんだけれど、元の世界においても新しい病気なんていうのは大騒ぎになるものだし、前からあるものでも変異種が出ると大きく騒がれていた。
そうであるのに、医師がいるのは偉い人のところだけだったり、平民が死んでも上は特に何も気にしなかったりする。当然対応も保証もない。
そこから貴族に広がって蔓延したり、良識のある領主のところまで病気が広がってからようやく対応がとられるそうだ。
当然、それも後手後手に回っている。
今回のものは、隣国から持ち込まれたとある物質がフォリア公爵領に蔓延し、そこからロージア辺境伯領に持ち込まれたものだとメーティス殿下は言っておられた。もし、私たちがここに寄らなかったら弱っていたアニータなんて死んでいただろう。
とある物質。
黒瘴石、というらしいものだ。
見た目は黒い魔石なのだが、それは周囲に瘴気を撒き散らし、人から人へ移ってより力を増して生命を奪っていく。
まぁ、その説明を聞いたから来る気になったというのもあるのだけど。
聖女や強い力を持った神官しか解決できない病というのなら、私がここで押さえ込むのが一番被害が少なくなって後々禍根を残さないし。
もう黒い魔石は流通を止めたらいいのでは、と出立前にセドリックさんに言ってみれば、「黒い魔石は強い力も与えてくれるから、上は止めないだろうよ」と苦々しげに答えてくれた。
下々が死んだら「失敗した」ってことで壊されるらしい。問題は今回みたいに瘴気が人から人へ生命力を毟りながら移っていくケースなんだけれど、解決できない医者や神官を雇っているのが問題だとか言われるんだって。
フォリア公爵家は実際それで家族や家臣には広がっていない。というか、はじめの何人かを自領から「追い出した」疑惑が強いんだけど、証拠もない。
そして、強い瘴気を放つ地には魔物が現れる。
雪や寒さに耐えながら、メーティス殿下やその護衛の皆様と魔物討伐しながらの治療と浄化を進めていく。
もうすぐ春が来る、という頃にそれらが終わる。
その頃には、私とメーティス殿下の間には信頼関係ができていた。
そして、その頃にメーティス殿下は無理も祟ったのだろう。
病に倒れた。
近くの村で空き家を借りて看病をする。
余程我慢していたのか、私が働き詰めで力が落ちていたのか。すぐには治せなかった。
「すまない。すぐに兄上のところへ送るべきだったのにこのような事になってしまって…」
「いいえ、共に戦ってくださったあなたを見捨てて行ってもセドリック様は喜びますまい」
「はは、あなたも聖女口調が板についてしまったな」
一緒に過ごす中で、メーティス殿下の真面目で誠実な人柄はよくわかった。
だから女神様、そんな人は幸運であるべきです。
そう祈ると、金色の光がふわりと舞ってメーティス殿下を包み込んだ。
えっ、二日くらい治癒と浄化を交互にかけてたのが効かなかったのに、これで異常が見当たらなくなったのですが!?
「これは……一体……!?」
「女神様の、奇跡でしょうか?」
唖然としながら顔を見合わせる私たちは驚きながらも、安心して笑い合った。
健康になったのならそれで良いのです。
だって、物語はハッピーエンドが一番でしょう?




