幸運をあなたへ
酷い夢だった。
いや、女神の装身具の使い方が聞けたので良い夢だったのかしら。
そう思いながら顔を洗う。
クロウから差し出された布にお礼を言って水を拭う。
やっぱり、結婚してから肌の感じが違うんだけど生活が良いからかな。
「ノエル、やっぱり別にアンタが身体張らなくてもいいんじゃないの?」
「そうだけどねぇ……でも、なんだか思ったより楽にすみそうなの」
聖女限定チートアイテム所持者なので、出会い頭に浄化重ねがけしたらめちゃくちゃ弱るらしい。女神様の言い分だけれどわりと酷い気がする。
結局のところ私がいる時点でルイーゼさんは詰みなのだ。努力をせずに私を呼び出し、その成果を奪ったらしい代償が人類の敵としての死とか少々やりすぎな気もするのだけれど。
最初の旅は命懸けだったことを考えても「やりすぎではない」というのが女神ジャッジである。
「ふふ、弟に似ているからと助けただけで随分と長い付き合いになったわね」
「まぁな」
「私が言うのもって感じだけど、帰る場所はなかったの?」
「一族みんな殺してきたから無いな」
まさかの言葉にちょっと唖然とした。
そのあと、小さく笑い声が聞こえたので冗談っぽくて「からかったわね!?」と怒ると、「ごめんって」なんて言って私の頭をぐしゃぐしゃにした。
なんてやつ!!
「まー、冗談じゃねぇんだけど」
そもそも、彼女と出会った時に手負いだった原因が一族の皆殺しである。
彼の一族はそのほとんどが美しい容貌をしていた。それこそが力あるものの印とでもいうように、多少でも容貌の劣るものは見捨てられた。
クロウの姉代わり、母代わりであった少女もそうであった。
未熟児で生まれてきた当時のクロウを小さな少女が必死に駆け回り、育てたのである。一族の人間にしては善良で「普通」であった少女はその行為を嘲笑されたが、クロウが美しく育つと途端に引き離された。
暗殺者の一族として引き離された彼だったが、育ててくれた数歳しか変わらぬ少女のことは気にかけていた。
一族の人間が彼女を罵るたびに「お前らの方が醜悪だろうに」と感じる。
そのうちに、少女は外部の人間と恋に落ちる。
普通であったがために一族のことなど碌に知らなかった彼女は、外に出ることを許された。それにホッとしながらも寂しく思っていた。
彼女はやっと、幸せになれる。
クロウがそう思っていた時だった。
一般人としての生活を送る彼女に裏家業のクロウが近づくのは迷惑だと思って距離を置いたのが間違いだった。
その恋愛自体が、クロウと彼女の関係を危ぶんだ一族の者が仕込んだものだなんて気が付かなかった。
任務を終えて郷に戻った彼の耳に入った時には、彼を育ててくれたたった一人の「家族」と呼べる人は、ある町の裏路地で凄惨なまでに凌辱され、殺されていた。
──ぜんぶ、ころそう。
家族だった骸を抱き抱えると、もうクロウはそれしか思い浮かばなかった。
丁寧に埋葬を済ませ、花を供え、郷に戻る。
楽しそうに姉であり、母だった人を殺した話をしていた彼らをまずは井戸に毒を放り込み、弱い者から殺した。耐性のある大人は罠を仕掛け数を減らし、なお生き残った人間は自分への反撃を顧みず粛々と処分していった。
悪魔だ、と彼らは叫んだ。
では、お前たちがしたことは何なのだ、と今もなお彼は思う。
ボロボロになって、それでも郷では死にたくなくて必死に移動して遺跡ダンジョンへと入った。
あの、惨い状態の姉を埋葬してくれた宗教の膝下でなら死んでも良いだろうか、と思った。
そんな時にであったのだ。
「どうしたの?」
声をかけてくる、あの人の面影を持つ少女に。
自分よりもやはり少し年上であろう彼女を脅そうとするも、聖女であるその人は黙っているから治療をさせてほしいと言ってきた。
そして、刃物を突きつけられたままそれでもクロウを癒した聖女ノエルは、嬉しそうに戻っていった。
恩を返すためにもう少し生きてみようと思った。
そしてそれからズルズルと一緒にいる。
利用されないように。
知らぬところで死なないように。
せめて、彼女が生きられなかった分の幸福を彼女に。
そう祈ることは間違いではないだろう。
全く関係ないのに、弟に似ているという理由だけで拾われた彼(ノエルが名前を付ける前の彼に名前はない)。郷里では番号で呼ばれてた。
ちなみにノエルのリアル弟は姉の行方不明を機に家を出て、家族と縁を切っている。姉だけが家族だったかのように。




