魔王と勇者
「大丈夫か?ルイーゼ」
問われる声は甘く、けれどその瞳は冷たい。
ルイーゼが多くの男を誘った事を知ってなお、ロイだけはその事実に唖然としながらも離れなかった。そして、牢を破ってルイーゼを助け出したのだ。
だというのに、何故かルイーゼはロイに怯えていた。逃げ出してからというもの、彼はルイーゼが他の異性と話さないよう見張っていた。ガチガチに束縛されたルイーゼはそれを不服にも思うが、名前を呼ばれると怯えが先に立って従う他なかった。
(私は、王妃になる女で、国の女の頂点で、なのになんで?)
旅の中でトラブルに見舞われるたびに頭の中で繰り返す。
こんなはずじゃなかった、と。
ストレスと恐怖心は次第に心についた傷となり膿を生む。
それは瘴気を引き寄せて段々と彼女を魔に取り込んでいった。次第に脳内に響く聖女を殺せ、勇者を殺せという声が大きくなっていく。ガラテアを離れる頃には彼女の容姿は、一見してルイーゼだと分からぬほどに変貌していた。
波打つ紫の髪、そして赤い瞳。
身体はどんな場所にあっても傷つくことはなく、豊満な身体は男を誘う蜜のように魅力的だ。
女神の呪いすら可愛いくらいの瘴気を我が物にして、美しさを増したルイーゼにロイはより夢中になって独占しようとした。
ルイーゼはロイにとってはどんな見た目になろうが、どんなに汚い女だろうが、愛しいとしか思えない女だった。
だからこそ、彼は彼女を生かすために逃げ出したのである。
けれど、ルイーゼにとってロイは数いる愛人の一人である。鍛え抜かれた身体と彼のドロドロとした感情は魔に取り込まれたルイーゼにとって最高の餌であった。
ラビニア帝国へと向かう道中の宿、そこでルイーゼは交わりながらロイを喰らい尽くした。
それを皮切りに、ルイーゼは時に魔物を引き寄せ、ヒトの雄を引き寄せ、争わせながら臭いの濃い方へ向かう。
もうすでにルイーゼとしての人格はほぼ消えており、その中身は人間を滅ぼす魔王の形態に近い。
「ああ、あの女の悲鳴が聞けたなら。あの女の慟哭が響いたならなんと甘美な事でしょう」
鈴の鳴るような愛らしい声音。
けれどその内容は醜悪と言っても過言でないだろう。
禍の大きな渦のようなものが、ラビニア帝国に近づきつつあった。
一方その頃、神託を得た勇者アレンは馬を駆る。
流石に、魔王復活を見過ごせなかった女神は聖女と勇者の両方に神託を与えた。
妻を友に預けて聖剣の重みに溜息を吐いた。
「あー、やっぱり適当に難癖つけて殺しとくんだった」
勇者の妻となった元メイド姫。
アニータと共にいるのも大きいが、第一王女自体が幽閉されているのでそこまで安全面に不安はない。それでもできれば近くにいてやりたかった。
これが最後の戦いになればいいんだけど、と心の中で呟いて、かつての仲間の友の下へと駆けて行った。
その途中の村で、アレンが立ち寄る前日に夫婦の心中があった。その死体はどうやら、女神の怒りに触れたために死んでも誰も手を出してくれなかったらしい。その土地への埋葬も嫌がられていた。
それは裏切った元仲間だった。
裏切ったとはいえ、腐敗した死体を見るのは忍びなかったし、瘴気をこのまま取り込めば魔物になる可能性もあった。ノエルが嫌いなアレである。
アレンは丁寧にしっかり魔法で燃やして灰にした。
(化けて出るなよ、お前らも悪いんだからな)
彼らだけが悪いわけではないが、聖女を害せばどうなるかよくわかる結末に、彼はゾッとした。
とはいえ、先に彼女を切ったのは彼らの方だ。女神も聖女も悪くはないと溜息を吐いた。




