自覚した罪と覚悟
アニータは不快そうな顔を扇で隠すように広げた。
そんな妻の姿に苦笑しながらクロードはセドリックとアイザックに報告の続きを促した。
ルイーゼは自分に罪がないと言い張っているらしい。
現行犯で捕まっておきながらなんと太々しい。頭が悪い女の考えることなんて理解ができない。
「公爵家も違法な魔石採掘と黒瘴石の隠蔽、その他諸々の悪事が露見しているというのに往生際の悪い方ですこと」
家が助けてくれるなんて考えているのならば、愚かにも程がある。自分たちの罪が露見する原因にもなった娘など、憎みこそすれ助けるわけがない。基本的に彼らはそういう身勝手な連中なのだ。
そもそも、不貞について調べた結果ルイーゼはまだ成人前の少年から遊び人と有名な父親くらいの年齢の男まで多くの男と交わっていた。まだ大人になりきれていない少年の一部は心に傷を負って女性に怯えるようになっているとも聞く。
きっかけはロイが煽ったからだとはいえそのやり口は最悪だ。
「温情などかけず、廃妃として吊るすのが被害者への誠意か」
流石のクロードも、やっていることの悪質さにそう呟く。
「罪深さでいうと私もそうなるべきなのだろうが」
「お前の罪は今後王として正しくあることで濯ぐべきだ。勝手に死ぬのは許さんぞ」
「分かっている、兄上!だが……娘が出来てからよく考えるんだ。聖女殿を召喚した時の兄上やメーティスの言葉の意味を」
後悔するように目を伏せたクロードは、己の娘を思いながら絞り出すように懺悔の言葉を口にした。
アニータが産んでくれた己の子はとても愛らしかった。自分が家族としての愛情に飢えていたことを否が応でも実感させられた。
かつてルイーゼから向けられる感情を愛と信じ込み、その本質を捉えきれなかったのも、彼が思い込みであっても無償の愛というものを信じたかったからだという側面もある。
両親とはクロードがルイーゼを見限るまでそう不仲ではなかったが、父はクロードが無能であることを望み、母は彼が贅沢をさせてくれることを望んでいた。
打算のみで動く者が両親であった彼にとって、本当に家族と言えたのはきっと弟だけだったのだろう。その弟も己の目が曇っていたばかりに仲違いしてしまった。
愛し合っていたはずなのに、ルイーゼはその愛をクロードだけに向けてはくれなかった。飢える彼は必死にその望みを叶えることで愛を得ようとしたが、その結果、目撃してしまったものが「アレ」だった。
絶望した。
信じていた全てが灰になった。
そして、逃げるように政務へと取り組んだ。何かを為せば変われる気がした。
そして、辺境の地にてロージア辺境伯爵家の面々と出会い、シャノワールという友を得て、アニータという妻ができた。
最初は死にそうな顔をした王太子のお目付役のようだったシャノワールも、直に彼の不安定さに気づくことになり、懸命に働く彼を支えようと決意するに至った。
アニータはアニータで政略結婚ではあったが、弱ったクロードはちょっぴり好みだった。ドロドロに甘やかして可愛がりたいという欲求もあった。この辺りは相性が良かったと言える。
しかも兄とクロードに協力すれば友人の仇も取れる。一石二鳥どころか三鳥くらいあった。
そうして今の体制へと徐々に変えていったクロードは、弟夫婦との再会や兄との共闘を経て王位に就く。
そして、子供が産まれたあたりでようやく一息ついた。子供を愛しく思えば思うほど、己の業に胸を痛める。
見知らぬ誰かにとっての我が子を、自分が奪ったのだという強い自覚は己が親になってようやく出てきた。やったことの恐ろしさを理解した。
「では、新たな被害者が出ぬように徹底的に召喚方法を消し、ノエルが穏やかに生きていけるよう支援できるよう努めましょう」
アニータの言葉に、彼は静かに頷いた。
ノエルがいたからこそ、この世界は魔王の脅威に晒されることがなくなった。
だからきっと、その結果だけは間違いではない。だけど、同時にそれをよしとしてはいけない。
彼は、心にしっかりと覚悟を刻みながら前を見た。




