聖女として召喚された件
どうして、いきなり西洋風の城にいるんだろう?
混乱しながら周囲を見渡すと、一際カッコいい人が近づいてきて手を差し伸べてきた。
「私はガラテア王国第二王子のクロードと申します。お待ち申し上げておりました。我らの聖女様」
ガラテア王国とはなんぞや?
軽く首を傾げてそっと彼を見上げた。
微笑みの割に目が笑ってない。
なんかヤバいことになっている気がして、とりあえず手を重ねて立ち上がらせてもらう。
「あの、私はノエルっていいます。聖女って何なんですか?」
私はなるべく可憐に見えるように王子を見上げる。困惑するように、か弱く見えるように。実際に困惑はしている。
だいたい王子とか、よその国の人をテレビで見る、くらいの縁遠い相手である。意味がわからない。ガラテア王国とかも聞いたことがないし、私はテレポート系の超能力者というわけでもない。
聖女なんて言葉もラノベかゲームでしか聞かない言葉だ。
場所を移して聞いた説明によると。
曰く、「復活した魔王が世界を滅ぼそうとしている」。
曰く、「瘴気を浄化できるのは聖女だけ」。
曰く、「勇者と共に世界を救って欲しい」。
なお、勇者は異世界製ではないらしい。聖女もこちらで見繕えよ。
本気の不安顔になっているのは私のせいではない筈だ。
「勇者様がいらっしゃるのであれば、私を呼ばずとも聖女に準ずる神に仕える方がいるのでは?なぜ私なのでしょう……」
「今世では聖女が生まれることがなかったのです。そう言われている人はいますが、彼女では瘴気を消すことはできなかった……。いきなりの話にさぞ、驚いたでしょうが、何卒我らにご協力をいただきたい」
そう言うクロード王子の目はこちらを利用してやろうと思っている時の元友人と同じだったので、ちょっと溜息を吐きたい。
「……私は、帰れるのですか……?」
震える声で目に涙を溜める。現友人が言っていた。涙は女の子の武器だと。ここぞという時に使うのだと。やり方のコツを掴めば10秒で泣けるとか言った彼女はなかなかやばかったけど、自分を儚げに見せたい時はぴったりだろう。
いやまぁ、本当は使う機会がないといいなって思ってた技術なんだけど。
面倒くさそうな王子の顔を見て、私なんか全然マシだからな、と心の中で毒づく。だって、泣き叫んで帰せとか言ってないし。
表面上申し訳なさそうに、「帰す方法は伝わっていないのです」と彼は言うが、なんとなく内心「無理なの察しろよ」とか思ってそう。流石に被害妄想かな。でもなんかこう、裏がある感じ。
「そうですか……。あの、住む場所とか、生活の基盤はそちらでご用意いただけるのでしょうか?」
「もちろんです。王家が責任を持って」
「私、全然戦いとかないところから来て……いきなり戦えって言われても何もできないです。あの、教育係なんかもつけていただけますか?」
「……そうですか。わかりました。手配いたしましょう」
いきなり戦えって言われても無理って言った時「マジかよ」みたいな顔になってたぞ王子様。いや、よその国ならともかく、ある程度ではあるけれど女性が夜に出歩いて買い物に行ける国から来てるんだぞこっちは。困るなら元々戦争がある国とかから引っ張ってこい。
「でしたら、あの……聖女、がんばります。旅をする仲間など、後でご紹介してくださいね。見知らぬ方ばかりでは緊張してしまいますから」
私は不安を押し隠して気丈に微笑む可憐な女!そう自分に言い聞かして表情を作った。王子の周囲は同情的な視線を送ってくれる。
クソみたいな事態に巻き込まれている以上、味方はできるだけ作っておかなければならない。さもなくば戦いのある国に来てしまった以上死である。
魔族とかぶっ殺さないといけないのだろうか、とか考えるだけでゾッとする。
大人しく連れられた部屋に入ると、そこにいた少女が頭を下げた。
「あ、アタシ、メイドのリナリアです!聖女様のお世話をすることになりました、よろしくお願いしましゅ!」
思い切り舌を噛む少女に「大丈夫?怪我はしていない?」と問いかける。それにしても王子よ。明らかにメイドとしての練度が足りていない少女をよこしてどういうつもりだ。これで私が機嫌を損ねるタイプの女だったらどうするつもりだ。「蔑ろにしやがって、滅べこんな国!」とか思ったらどうするつもりだ。そんなことで騒ぐタイプではないけど、ちょっと頭足りないのかなって思ってしまう。彼に頼り切りは逆に死亡フラグが乱立しそうな気がしてきた。早めに頼りになる後ろ盾を見つけなくてはならない。
「だ、大丈夫です。すみません……高貴なお方に仕えるのは初めてで」
「私も祖国では普通の……平民の一人です。そう緊張せずとも大丈夫ですよ」
そう言いながらも内心ちょっとイラッとする。別に高貴な方扱いをされたいわけではないけど、もう少し情報収集に適した人間でないと生活をする上での注意事項とかが把握しきれないんじゃないだろうか。…とはいえ、もう少し深く関わってみなければ分からないけれど。
ただでさえ聖女とかいう面倒な役割を押し付けられているのだ。この上、一生を神殿で暮らせとか言われたらブチ切れてしまう自信がある。
最低でも一人で好きに生きられるような生活環境とそれが神殿で一生を過ごせとどちらがマシか、無理矢理結婚させられたりしないか、職は聖女以外で持てるのかなど気になることはそこそこ多い。
感動している様子のリナリアに悟られてはいけないのであくまで優しい聖女様の顔を保つけれど、できることなら家に帰りたい。祖国の経済は色々あって冷え込んでいるけれど、女一人で生きていけないような福祉環境ではない。こちらではおそらく女一人で生きていくのはとても困難だろう。
(王子ではおそらく後ろ盾としては弱い。かと言って早々に別の人と知り合う機会はあるのか……)
命をかけろと無関係の私に言うのだ。
それに対する報酬は必ず頂かねばならない。