表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

アルカディオン 斜曲

作者: 秋ノ橘花

「駄目です、やり直し」


この世界には、アルカディオンという楽器がある。

蛇腹状のふいごと鍵盤、ボタンとスイッチが特徴的。少し重くて、音色はどこか哀愁を感じさせるのだ。


「はい、お願いします」


なんとなくそんな楽器を演奏している。


~~~


自ら先生に頼んだスパルタ練習。それが終わると私はアルカディオンの手入れをする為、だけではないが、一人教室に残っていた。椅子を窓際に持っていき、夕日を眺める。


彼女の頬に一筋、やるせなさから涙をこぼしながら。



「ルカ、いたのね」


「アイリス?」


ふと聞きなれた声が聞こえると、ルカは目元を拭い、平然を装う。


「練習してたのかしら」


「…そんなところ」


「お疲れ様。失礼していい?」


私が頷くとアイリスは椅子を持ってきて、ルカの隣に可愛らしくちょこんと座った。私はそれを横目で見ると逃げるように手入れの準備を始めた。


「そっちは」


「先生のお手伝いしてたの」


アイリスは優等生だ、先生にも評価されているし。同じアルカディオン奏者としても天才級でクラス1、いや、学園1かも知れない。私が追いかけても、遠い。たどり着けない場所にいる子。


「ねぇ、今度良かったら二人で町に遊びに行かない?最近忙しそうでしょ、息抜きにどうかしら」


アイリスはにこやかに笑う。


「ごめん、最近疲れててさ。また後にしたい」


否定の言葉を聞くと、やはり少し残念そうな顔になった。ああ、そんな顔をしないでほしい。


「そっか、ごめんね」


「いや。私もごめん、また今度誘ってほしい」


自分のためを思い、誘ってくれた事はルカも理解していた。アイリスとは長い付き合いで、何回も一緒に遊んだ事がある大切な友人であり、目標だ。

淀んだ気持ちを共有したくはなかった。それに、こんなつまらない姿は見せたくない。それなのに、彼女は帰ろうともせず、静かに座り続けた。



「結構綺麗になったわね」


蛇腹や内部の隙間に入ったホコリを除いて拭く。30分以上の時間をかけて、徹底的に綺麗にした。

アイリスは今もまだ同じようにちょこんとしていて、作業を眺めていた。


「普段はあんまり掃除しないから」


「そうなのね」


ふと彼女が微笑む姿は学園でも人気だという話を思い出す。今はどうでもいい話ではあるが。


「唐突…なのだけれど」


微笑みを消し、アイリスが目線を床に向けて小さく呟く。


「ルカは、アルカディオンを演奏していて嬉しいことってあった?」


「…」


「私は、昔は楽しかった。幼い頃からアルカディオンを教えてもらって、大会で優勝したりして。天才だなんて言われて、正直嬉しかった」


「だけれど子供じゃなくなるにつれて、そんな言葉と一緒に妬みや羨みの声が聞こえるようになったの。何かすると才能だからと言われて、演奏する仲間の視線すら刺さるものを感じたわ。」


「だんだんと、何のために演奏するのか分からなくなってきてね。天才だから何だっていうのか、私の演奏には何ができているのかって」


「だからかな、今は」


「アイリス!」


最後の言葉が告げられる前に、ルカは思わず叫んでいた。


目を見開き、驚くアイリス。


「ごめんなさい。私、貴女の事を勘違いしていた。遠い、偉大な人だと決めつけて、意味もなく勝手に追いかけて苦しんで、羨ましく思っていた」


「友人なのに気づけなかった、気づこうともしなかった」


「私は最低だ」


気づいてあげられないほど、彼女の背中しか見ていなかった。彼女も私と同じ人間で、心を持っている。


「ルカを苦しめていたのだから、私も最低よ」


「そんなことはない!」


思い切り抱き締める。少しでも、自分の気持ちが伝わるように。次第に私にも痛いほど伝わってゆく感覚が、今は心地よい。


日も沈んで暗くなった教室には嗚咽の声だけが響き、歪んだ少女の言葉は、同じく歪んだ少女にだけ共鳴する。


「…そろそろ、痛いわ」


「ごめん」


身体を離し互いの顔を見ると、なんだか可笑しくて笑った。


「ふふ」


「くくく」


全てが良い方向に進む事はなかったけれど。残酷な性で、忌むべき歪んだ選択だったけれど。それでいい。


「今度、遊びに行きたいな」


「ええ、喜んで」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ