大繁盛
だいぶ月日が経ってしまいましたが、投稿を再開します。
ピンポーン。
「おう、ジュンじゃねーか。珍しい時間にご来店だな。例のごとく、彼女は逆入店拒否か? 切ないねぇ。外は悪ガキどもが占領しちまってるぞ」
フクジュ商店内は学生たちでごったがえし、大繁盛だった。
ヤマ兄は俺に見向きもせずに、熟練したレジ打ちを披露し、長蛇の列をさばいている。
この繁忙でなぜ俺が入店したと認識できたのか。侮れない男だ。
「メイはこないってさ」
「ははん、だから学校のトイレで大便したのがばれたみたいな辛気くせえ面しているわけだ。ケンカでもしたのか? どうせお前の非が二千パーセントだ。あやまっとけ。降伏しちまえ。青春の亀裂を蔑ろにすると痛い目にあうぞ。ほい、二十四万円」
ヤマ兄は早口で俺に有罪を宣告すると、買い物客におつりを渡した。
「とんでもない冤罪だ。俺がメイを傷つける動機も根拠も欠片としてない」
俺は少しむっとして否定すると、ヤマ兄はふんっと鼻で笑った。
「そう信じたいのはジュンだけかもな。多感な女子は些細な一言で過剰にショックを受けちまうもんさ。バナナオレ一点で百十八万円」
「だから、やってない……と自負している」
ヤマ兄のせいで交錯する思考の糸が余計にこんがらがってしまった。
記憶を遡ってみても、やはりメイの心を辻斬りした覚えはない。
もし、俺の何気ない一言がメイを変貌させた原因だとすれば、意図がない俺にはどんなに遡ろうと徒労だ。
店内の喧騒が遠ざかり、奈落へ落ちる感覚に陥って足がすくむ。
「はっはっはっはっ!」
ヤマ兄の高らかな笑い声がした。
彼を見やると、くつくつと笑いの余韻に浸りながら、嬉しそうに商品をビニール袋に詰めていた。
「ジュンをこんなに深刻にさせるのはメイちゃんだけだな。青春待ったなしだなあ」
俺の心情をかき回しておいて余裕な態度を取るヤマ兄に、頭が瞬間的に沸騰した。
「物見遊山かよ! 大人気取りでガキをいじって楽しいか!」
俺は周りにいる学生の目も気にせずに怒鳴っていた。
様々な視線が俺に集まるのを感じて、すぐ冷静になる。
珍しく怒りをコントロールできなかった。
惨めさが湧き上がり、俺はヤマ兄に「ごめん」と呟く。
ヤマ兄は意に返さず、俺へ諭すような視線をむけた。
「よう、ジュン。怒りたいときはそんな風に怒ればいい。お前には諦め根性が染みついちまってる。悟ったみたいに諦観したところで物事は好転しないぞ。得てきた喜びよりも、失う悲しみのほうがそんなに大事なのか?」
俺は愕然としてよろめいた。菓子棚に背中がぶつかる。
「なんで、知って……」
「だだ漏れなんだよ。どうせメイはいなくなる、だったら現状維持でさよならってな。メイちゃんもきっとわかってる。それは一等残酷な行為だ」
俺は押し隠していた思惑を暴露された恥辱で、この場から遁走したい衝動に駆られた。
「遅くはない。とっとと電話でもしてお前の気持ちをぶちまけろ。ありのままを伝えてやれ」
俺はかろうじて反応し、僅かに首を横に振った。
「だめだ。電話だけはだめなんだ」
俺は叱られた子供みたいにいじけて、唇を微かに動かす。
ヤマ兄は不振な顔をしながらも、「そうか」と呟き、思案するように顎を撫でる。
「じゃあ、直接告白するしかないな。しがらみ全部脱ぎ捨てて、メイちゃんを好きだと抱きしめてやれ!」
ヤマ兄は親指を立てて、ウィンクした。
固唾を呑んで見守っていた学生たちはヤマ兄に賛同して頷き、「がんばれ」、「末永く爆発しろ」と口々に応援してくる。
声援はじわじわと熱を帯びていき、店内はやがてジュンコールに包まれた。
俺は声にならない悲鳴をあげてフクジュ商店から飛び出した。
明日、登校した俺は全クラスに注目を浴びながらの公開処刑だ。
今朝まではちょっとしたずれだったのに。
商店街を駆け抜けながら、俺は悶絶し叫んだ。
「明日なんてこなければいいのに!」