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若者たちのすべて  作者: 藤沢悠
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不確かな未来なんて、

登校早々、メイは職員室に呼び出された。


ふたりで教室に入るやいなや、屈強な体躯をした担任教師が待ちかまえていて、彼女を攫っていったのだ。

クラスメイトは切迫した担任に好奇な眼差しをむけ、彼が引っ張る細い腕の持ち主がアフターエフェクトを受けた天才女子高生だと知り大いに賑わった。

紫電一閃の出来事に俺はただ立ちすくんでいた。


朝会はおこなわれず、クラスは騒然としたまま一限が開始された。

俺の胸も妙にざわついて落ち着きがなかった。

数学の式がぐねぐね歪んでミミズみたいに変形する。

終業のチャイム直前にメイは戻ってきた。

恥ずかしさを誤魔化すように、へらへらとした笑みを浮かべながら、彼女は自分の席に座った。


休み時間、なにが起こったのかメイに訊いてみたけれど、彼女は終始、「ぬへぇ」だとか「うへぇ」だとか奇声を発して、僕の質問をかわす。


結局、はっきりしない状況は続き、いつの間にか昼休みに突入した。

メイは心底、昼食が楽しみでしかたがないといった足取りで俺の机にやってきて、弁当を広げる。

彼女の寝不足は継続中で、元々の肌の白さに拍車をかけて、あと少しで透明になってしまいそうだった。


普段どおりの振る舞いをしているメイが普段どおりの振る舞いをするほど、俺と彼女の間に不可侵な分厚い壁を感じる。


「どうしたんだ? 担任のアパートを素粒子分解でもしたのか?」


それとなく、もう一度、訊ねてみた。


「そうそう、愛用の鉄アレイごと分子の塵にしてやりました」


「イタズラじゃすまんぞ」


俺は憤然と言った。

メイは瞳をぱちくりさせている。


「いやだな、ジュンちゃんのボケに乗ってあげたのに。本気にしないでよ」


「ああ、すまん。お前ならやりかねないから、ついな」


俺は小学生のころにメイが起こしたSFパニック「担任教師アメリカ横断事件」を思い出し、肝を冷やした。

彼女が天才の天才たる所以を示したおぞましい事件だった。


俺の通っていた小学校では、夏休み明けに生徒が教壇にあがり、自由研究の発表をする催しがあった。

大概が「僕が考えた最強の昆虫」、「仮想絵日記」など勉学とはかけ離れた荒唐無稽な内容だった。


そこに栗色の長髪を揺らしてメイが颯爽と教壇に立つ。

彼女は円錐型の卵に引き金をとりつけたような古典的な光線銃を掲げた。


「私の自由研究はこれです」


「メイちゃん、それはなあに?」


陳腐なデザインの銃にあたかも興味津々という建前で、女性教師はメイへ説明を促す。


「物質転送装置です、先生」


メイは返答すると、銃口を教師にむけて、躊躇なく引き金を引く。

先端が光ったと思うと、教師の姿がテレビのスイッチをきったみたいに、ぱっと消えた。


「やった! 大成功!」


驚愕して固まる教室内で、メイだけが無邪気に飛び跳ねた。

自身の賞賛をひとしきりすると、彼女は妖しい笑みで、銃口を生徒たちにむける。


「君たちはどこへいきたい?」


教室は逃げ惑う生徒たちで阿鼻叫喚の地獄と化した。

俺は席から微動だにせず「次の発表者はハードル高いな」などと場違いなことを考えていたと思う。


担当女教師は捜索の末、アメリカ合衆国リバティ島で発見された。

自由の女神像が高く掲げる松明に引っかかっていたそうだ。


「自由研究から自由の女神、頓智が利いていますね」


インタビュアーにそう答えた女性教師を俺は「教師の鑑だな」と深く尊敬した。


「若気の至りをねちねち責めるのは卑劣だと思うの」


「どの口が言う。メイは前科持ちだぞ。犯罪者は同じ罪を繰り返すんだ」


メイはぷうっとふくれて、ウィンナーに箸を突きさす。


「だいたい、箱舟法なんて法律がおかしいんだよ。移民計画以外の目的で、特異的な科学を行使してはならないだなんて。もっと世の中、便利になるはずなのに」


「原理も危険性もわからん馬鹿が、利便性だけでお前らの超科学を授受したら、どうなるか想像してみろ。地球滅亡のカウントダウンが秒読みになる」


「お猿さんでもわかるようにしても?」


「問題は取扱い方法じゃない。思想とバランスなんだ」


「ぜっんぜん、わかんない」


メイは憮然としてウィンナーを頬張った。

俺も彼女を納得させる高難易度の説明をする自信がないので、諦めて煮物を口に運ぶ。

ふと、主題を巧みにすり替えられていたのに気がつく。


「じゃなくてだな。今朝、職員室に呼び出された理由を述べよ」


「ジュンちゃん、しつこい」


「メイのやらかしで、迷惑を被るのは俺なんだよ」


躱しきれないと理解したのか、メイはしおらしくなり、言葉を探るように弁当をつまむ。


「ジュンちゃんは昔を思い出すことはある?」


予想だにしなかった質問で、俺は首をひねるばかりだった。

メイは俺を一瞥するとうつむいて、ぽそりぽそりと話しはじめる。


「僕にはあるんだ。とっても風の強くて、ぐんぐん流れる雲を眺めたとき。雨上がりの町中で土と草木の匂いがするとき。晴れた休日にお散歩しているとき。挙げれば切りがないぐらい昔を思い出してしまう瞬間がある。その度、不安でしようがなくなるの」


「どうして不安になるんだよ?」


「きっと明日がくるのが怖いからかな。手放したくない今がどんどん過去になっていくのを実感してしまって、動けなくなくなる。それが辛くて、こわいの」


メイは奥歯を噛みしめている。

俺にはメイがなにを伝えたいのかわからない。

ただ沈黙を守って、彼女の真意が吐露されるのを待つしかできなかった。


「でもね、気づいたんだ。手放したくない今が過去になるっていうのは、言い換えれば手放さずにすんだ今が過去になるんだって。こんな簡単なことに気がつけないなんて、僕は天才の風上にもおけないよね」


「ちょっと、待ってくれ。俺は置いてけぼりだ」


混乱する俺にかまわず、メイは自嘲的な笑みを浮かべて面を上げた。


「不確かな未来なんて、最初から切り捨ててしまえばよかったんだよ」


メイの声色は喜怒哀楽が欠落していて、どんな想いがその言葉にこめられているのか、まるでわからなかった。

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