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若者たちのすべて  作者: 藤沢悠
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第二十四移民航宙艦クジラと臆病者

俺たちは沈みかけた夕陽とともに自転車を押しながら、リュウコツ川沿いに設けられた遊歩道を下流の方向へ並んで歩く。

川側に桜の木がずらりと植樹されている。桜はまだつぼみで、開花宣言は四日後らしい。


「とうとう高三になってしまった。モラトリアムが消化されていく」


俺はがっくりと肩を落とす。今年度から俺たちは高校三年生になった。劇的な変化が起きたわけじゃない。

しかし、時間は確実に経過している。それを無常と思わずにはいられない。

メイは少し考えこむように間を置いて、俺の肩に手をかけた。


「よく進級できたよね。頑張ったね、えらいね」


「軽やかに煽ってくれるじゃないか」


「だってジュンちゃん勉強に興味ないじゃん」


「まあな、勉強なんてしても」


と言いかけて口をつぐんだ。

つい、余計なことを口走りそうになってしまった。

メイはきょとんと首を傾げている。俺は話題を変えようと、川の反対側、骨組みだけのピラミッドみたいな鉄塔が延々と点在する平野を指さした。


「そろそろじゃね?」


「え、なにが?」


不意を突かれたメイは俺の人差指につられて視線を平野にむけた。


「第二十四移民航宙艦クジラの出航だよ。今日、離陸するって朝のニュースでやってただろ」


「へーそうなんだ。僕ニュース観ないから知らないや」


「全人類注目の快挙を華麗にスルーとは! 豪気な娘!」


メイは世間に頓着がない。他人に興味が湧かないのだろう。

幼い頃からずっと関わってきているけれど、彼女が俺以外の人間と交流するところをあまり見かけたことがない。

そのくせ、メイは兎も腰を抜かす寂しがり屋なので、俺はなるべく傍にいてやるようにしている。

それをちょっぴり誇りに思いつつ、とてつもなくキザだなとも思う。


「ねえ、いつ飛ぶの? まだなの?」


メイは興奮してきたらしく、俺の袖を握って縦横無尽に振り回した。


「やめろ、制服が千切れる。もうすぐなはずだが」


俺は腕時計を確認しようとしたが、時計のベルトを巻いている片手は自転車を支えるので塞がっている。

仕方なく、自転車のサドルを下し、文字盤を確認した。

突然、足元がぐらつき、低く重い地鳴りが響いた。

天変地異の前触れみたいな轟音は鉄塔を震わせ、電線を揺らす。


「ジュンちゃん! 見て、見て!」


「見とるがな。圧倒されとるがな」


橙色から紺色へグラデーションがかかった空を、巨大な刀身に尾ひれを接着したような物体が切り裂いていく。

尾ひれのような部分は本物の尾ひれ同様、間接部を上下にくねらせる。

第二十四移民航宙艦がクジラと呼ばれる所以だ。外装の部分、部分で明滅する赤色のナビゲーションライトが船体を縁取る。

星座になった怪獣が瞬きはじめた星をまるごと飲みこんでいるみたいだった。


「おっきいねー!」


「でかいに決まってるだろ。

全長十八キロメートル、排水量五万トン、過去最大級の規模で製造された移民航宙艦だぞ」


「ほー、人類の進歩は目まぐるしいですな」


ウェブサイトに記載されていた情報を羅列しただけなのに、俺の鼻は有頂天に伸びる。


「それにしも、あんなバカでかい塊をよく宇宙まで飛ばせるよな」


「外殻の周囲にプラズマフィールドを展開して重力を遮断てるんだよ。

舵と推進力は人工筋肉でできたあの尻尾だね。

動力源の次元炉がとってもいい子ね。ちゃんとマイナス値を保って立方体を維持してるもの」


いい気になって伸びていた俺の鼻が急速に縮む。メイの講釈が微塵も理解できない。

クジラの尾ひれが宙をかいた。七万人もの人間を乗せ、大気圏を目指し加速する。

終焉を待つ大地から二十四回目の脱出だ。


「本当に地球は滅亡するんだな」


問いかけるわけでもなく、ついこぼれてしまった。


「僕たちの大先輩たちが五十年も前から繰り返し出してきた結論だからね」


メイは質問されたと勘違いをして、なぜ地球が機能を停止させるのか丁寧に解説した。

口調に感慨はない。地球が滅亡するなんて常識をいちいち嘆いたりはしない。


ごく一部、未だに懐疑的な連中はいる。彼らは甘受できないのだ。人智を超えた知能を持つものの意見に。メイのような年端もいかない天才たちを信じることができない。


「メイ女史はいろいろと博識ですな」


「アフターエフェクトの賜物ですわよ。褒めてくれてかまわなくてよ」


メイはふんぞり返り、むふうと自慢げに鼻息を吹いた。


俺は自分の胸ぐらいの位置で威張っているメイを見下ろしながら、「はいはい、偉い、偉い」と投げやりに褒めてやる。

頭の中ではアフターエフェクトという言葉が駆け巡り、心が翳っていくのを感じていた。


作られた天才、さだめられた宿命を背負わされた子供たち。

アフターエフェクトを施された若者の人生に用意された道はたった一本だ。メイも例外じゃない。俺みたいな凡人には立ち入り禁止の領域があることを改めて突きつけられ、苛立ちが募る。


「お前はいつあれに乗るんだ?」


俺は視線をクジラに戻し、メイに訊いた。


「ん? んー、実は僕ってどんくさくてさ。毎回、手続きをミスっちゃうんだよね」


「へぇ、どんくさいの隠してるつもりだったんだ」


「ひどい!」


僕は即座に「嘘だな」と断定する。


メイは意図的に搭乗要請をかわしている。

世界でも屈指の天才を、政府が手続きミスのひとつやふたつで見過ごすはずがない。

なにかが彼女を地上に縛りつけている。

そのなにかは容易く推察できるけれど、なるべく考えないようにしている。


「駄々をこねても、うやむやにはならんぞ」


俺はメイに釘を刺して、自転車のスタンドを上げて再び歩き出す。

クジラは唸りを上げて、速度を増していく。


「だって、僕は……」


騒音に掻き消えそうなか細い声がした。

振り返ってみるとメイはスカートの裾を握りしめて、なにやらもじもじしている。


「なにか言ったか?」


俺は怪訝に眉を寄せた。メイはしばらく目を泳がすと、意を決した瞳で俺と目をあわす。


「僕が移民艦に乗らないのはね、地球を離れられないのは――」


「フクジュ商店の中華まんが食えなくなるからだろ」


メイの台詞を奪って、俺は意地悪く唇を歪めた。

彼女は一瞬、戸惑った表情で、スカートを握る拳にいっそう力をこめたが、すぐに緩めた。


「そう、そうなの。あの皮もっちり、肉汁爆発の肉まんが食べられなくなると思うと、ついつい宇宙に発ちそびれちゃうんだ」


「この食いしん坊さんめ」


俺は煮え切らない笑顔を浮かべるメイを直視できず、正面に向き直った。

「置いてくぞ」と呟いて、彼女が追いつくのを待つ。ねっとりとした罪悪感が体の内側を支配する。


曖昧な男だな俺は。いや、はっきりさせるのを恐れる臆病者か。


いつの間にか夜になった。

第二十四移民航宙艦は光の点になるほど遠くに飛び去っていた。

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