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若者たちのすべて  作者: 藤沢悠
18/18

ジュンとメイ

読みづらいと思うので、最後は一気に更新しました。

「ジュンちゃん」


幼馴染の声がした。俺の胸中が激しくざわめく。

やや懐疑的に、けれど確信をもってゆっくり顔を上げる。


「メイ、約束するなら時間を指定してくれ」


「決めちゃったら、ジュンちゃんこないかもしれないじゃん」


「策略家の悪女め」


メイは息を切らしながら、にへへといたずらっぽく笑った。


俺は二日ぶりに邂逅したメイをまじまじと見た。

少年みたいに短く切られた栗色の髪、吸いこまれそうな大きな瞳、滑らかな白い肌に薄く浮かぶそばかす、紛れもなくメイだ。メイだ。メイがいる。


「僕の顔なにかついてる?」


メイは不思議そうに首を傾げた。


「別に」


「ふーん。いやあ、疲れた」


メイは背負っていた赤色のリュックサックをベンチに置いて、俺の隣にぺたんと座った。

リュックを置く拍子にゴツンと重厚な金属音がした。

一体、なにが入っているのだろう。


「これからL町にいって、乗艦できるのか?」


俺はリュウコツ川の遥か先に佇む山脈を眺めて訊いた。


「あんなところ、いくわけないじゃん」


「そうかギリギリかって、おいっ!」


驚いてメイに身体をむけると彼女と目があった。


「だって、僕はずっとジュンちゃんの傍にいて、守ってあげなきゃいけないんだもの」


にっこりとほほ笑むメイに若干慄く。

彼女はあの日から、病院の廊下での誓いからなにひとつ変わらず、俺に人生を捧げるつもりらしい。


「そんな理由を世界政府が受諾するとは到底思えんがな」


「っぽいね。自宅まで黒スーツの二人組がきて、僕を拉致しようとするからまいてきちゃった」


「ここも時機、見つかるさ」


「だね。だから一緒に早く逃げないと」


メイは俺に背をむけて、リュックサックのチャックを開けた。

なにやらごそごそ探っている。

まず、一緒に逃げるということについて言及したいけれど、彼女には決定事項なので取りつく島もなさそうだ。


「諸国を漫遊しても奴らに捕まっちまうぞ」


「大丈夫、大丈夫。これさえあれば、心配ご無用」


メイがリュックサックから取り出したのは黒い球体だった。

ボーリング球ほどの大きさで、表面には継ぎ目がなく、つるんとして鈍くてかっている。


「なんだ? これ?」


俺は黒い球体を人差指でつっつく仕草をして訊いた。


「タイムマシンだよ」


「はっ?」


俺は仰天してさっと人差指をひっこめた。


「ジュンちゃんの『夏を先取り』って言葉をヒントに作ってみました」


「作ってみましたって。お湯入れて三分でできあがりってわけにはいかないだろ」


「うん。天才の僕でも徹夜で三日もかかっちゃった」


「確かに、翌朝、眠そうだったな。深夜にアクション映画を堪能してたっつうのは法螺か」


「ジュンちゃんにサプライズドッキリをプレゼントしたかったんだもん」


メイは膝に抱えたタイムマシンを愛おしそうに撫でる。


サプライズドッキリは大成功だ。こんちくしょう。



タイムマシンの製造なんて、にわかに信じがたい。

しかし、アフターエフェクトを施されたメイの発明品となれば疑う余地はない。

パソコンの構造もあやふやで、漫然と消費するしか能がない俺には、天才のとんでも発明を非難する権利など端からないのだ。

それに未知との遭遇に心躍らずにはいられないのは男の性である。


「どうやって動かすんだ?」


「よろしい、お教えしましょう」


メイは高尚な口ぶりで、悠然と立ち上がった。

タイムマシンの黒い球体を押し出すように、腕を水平に伸ばす。

俺は固唾を飲んでメイと球体を交互に見つめていると、彼女に「ぼさっとしてないで、ジュンちゃんも立って!」と叱られてしまった。


腑に落ちないながらも、メイに促されるまま、俺は青いベンチから立ち彼女と対峙する。


「僕の指の隙間にジュンちゃんの指をはめて」


「なんだか卑猥だな」


「いいから! それがタイムマシンの起動条件なの!」


「わ、わかったよ」


俺は恐る恐るタイムマシンに両手を寄せていく。

俺の指先とメイの指先が触れあうと彼女の肩が強張る。

そのまま、彼女の指と指の間を滑り込ませていき、彼女の手の甲まで俺の指が届く。

隙間が埋まった。


「DNA照合確認」


タイムマシンから幼い子供の声がすると、メイの口元がほころんだ。


「ちなみに、もし失敗すると地球滅亡が百年前倒しになるけど、恨まないでね」


突然の暴露に俺は蒼白して両手を引き抜こうとしたけれど、メイに強く挟まれているので引き抜けない。


「まじかよ」


「球体内部に固定してる次元炉を暴走させてカンナ粒子を広範囲に散布。んで、宇宙ごと時間軸を逆行させる仕組みなの。僕の調整は完璧なつもりだけど、次元炉が頑張りすぎちゃうと少なく見積もっても銀河系ひとつは消滅するね」


「やばすぎんだろ」


俺は茫洋な宇宙に穿たれた大穴を想像して身震いする。


「それに進めてきた時間軸を無理矢理過去にずらして新たに時間を進めるわけだから、今までの僕たちが経験してきた記憶はきれいさっぱりなくなると予想されるね」


メイはついでとばかりに肝心な事実を飄々と告げた。


「講釈はよくわからんが、リスクが高すぎるのはわかる」


「じゃあ、やめるの? DNA照合後にタイムマシンから手を離すと、もれなく全宇宙は物体が形を維持できない無になるよう設定しております」


「マ、マッドサイエンティスト、ここに極まれり!」


メイの謀略に俺はまんまとはめられたようだ。

彼女との壮大な逃避行につきあうしかないらしい。

流されているけれど、俺はそれでもかまわない。

メイが作ったタイムマシンならば、成功すると信頼している。それにメイが宇宙へ旅立って永遠に会えないのも、地球が消滅するのもたいした差異はないと思えた。


「駆け落ち・オア・ダイ。どっちにする?」


「いいよ、やるよ、やっちまえ」


俺の了承にメイは満面の笑みを浮かべた。

娘の無理難題を叶える父親の気分だ。



「それでは第二起動条件へ移ります」

「まだあんのかよ」


俺は辟易して言った。

メイは唇を開けたり、閉じたりしはじめた。

起動の第二条件は鯉のモノマネなのかと思案していると、メイは俺と絡まった指に力をこめた。


「僕はジュンちゃんが好き、大好き!」


「なんじゃそりゃ!」


「声紋承認、第二プロテクト解除シマス」


「えええ……」


起動条件は鯉のモノマネではなかった。

突拍子もないメイの告白が正しい起動条件だった。


「はあ、恥ずかしかった」


「俺のほうが万倍恥ずかしいわ」


「でも、すっきりした」


メイは清々しく言った。

俺の顔面は血流が巡り、両耳まで熱を帯びている。


「はい、ジュンちゃんの番」


「なんぞ?」


「ジュンちゃんも僕に好きか嫌いか告白することで最後の起動条件が解かれるの」


俺は愕然とするも、メイは澄ました顔をしている。


「この期に及んで、わかるだろ。察せよ」


「察セヨ、コノワードハ登録サレテイマセン」


タイムマシンの幼い音声が無慈悲に俺へ通知する。


「言って。僕のこと好きなの? 嫌いなの?」


俺は困窮して、唇をむにむにと波打たせる。

潮時だ。

観念するしかない。

仮に嫌いだなんて伝えたら、メイは全宇宙を巻きこんで八つ当たりするつもりだ。


俺は鼻腔から酸素を吸いこんで、深く吐く。


「俺はメイが好きだよ」


「知ってたよ」


俺の一世一代の告白を、メイは一桁の足し算を答えるようにおざなりな返事ですませた。


「最終プロテクト解除、次元炉出力開始シマス」


タイムマシンの球体内部から高周波が発せられる。

優しい鳴き声のようだ。

次元炉が目には映らないカンナ粒子とやらを散布しはじめたのだろう。


「やっと聞けた。僕たちは相思相愛。後顧の憂いなく、過去へ逃げられるね」


俺はメイを「この女狐め」と詰ろうとしたけれど、彼女の瞳がいつも以上に潤んでいるので言葉をのんだ。

女の武器を行使するのは卑怯である。


「ところでタイムマシンはどのくらい過去に戻るんだ?」


「さあてねえ。十年前かもしれないし、百年前かもしれない。ジュンちゃんと肉まんを食べた三日前だったりして」


「かなりアバウトだな」


「いつだっていいの。僕たちは必ず出逢うんだから。不確かな未来なんて切り捨てて、もう一度恋をするんだよ」


「ロマンティックが止まらないな」


メイの惚気が具象化したみたいに、ひらひらと小さなハートが舞い彼女の前髪にとまった。

よく見るとそれは桜の花びらだった。

見上げてみると開花したばかりの桜が満開に咲き誇っている。

昼下がりであったはずの青空が知らぬ間に夕暮れへとすり替わっていた。

橙色の夕陽が桜花を照らして燃えているみたいだ。時間の概念が崩壊している。


ふたりで絢爛な桜を眺めていると、メイが語りだした。


「僕の世界はアフターエフェクトの影響で全部数字なの。舞い散る花びらも、流れるリュウコツ川も、ヤマお兄さんや同級生も、雑踏や音楽もみんな数式として捉えてしまう。人間は僕だけで、あとは記号だと思うととっても淋しかった。でも、ジュンちゃんだけは唯一人間だった。ジュンちゃんに恋をしたから人間に見えるようになったのか、たまたまジュンちゃんが人間だったから恋をしたのか、もう憶えてないや」


「もう一度恋をすんだろ? そん時わかるさ」


「ん、そだね」


リュウコツ川遥か先の山脈から航宙艦の船首が覗く。

ゆっくりと全貌を現し、宇宙へと推進する。

あの航宙艦はメイが乗るはずだった航宙艦だろうか。

それとも遥か昔に建造された航宙艦なのだろうか。


「本当は俺、過去になんかいきたくないよ」


「ごめんね、つきあわせて」


メイは沈んだ声色で詫びた。俺は首を横に振る。


「謝らなくていい。妄想みたいな願望を抱いていただけさ。俺は不確かな未来をメイと生きたかったんだ。じいさんと俺とメイと、そしてふたりの子供と一緒に小さな幸せを家中に充たして、ぽかぽかとした日々を過ごしたかった。じいさんとばあさんになっても手を繋いで、ここを散歩したかった」


「次、生まれてくるときは凡人に生まれてくるよ」


「ぜひ、そうしてくれ」


満開の桜が一斉に散る。

数えきれない花びらが俺たちを覆い隠すと、地上に到達する直前で天空へ舞い上がる。


「また、あとでな」


「うん、またね」


俺たちは瞼を閉じた。

次元が歪んでいるのか、船酔いみたいな眩暈がする。


鼻先に冷たい感触がして、俺は薄く瞼を開く。

雪が深々と降っていて、あたりは真っ白な雪景色になっていた。


ふたりで支え持つタイムマシンを見下ろすと、俺とメイの絡まる手は皺だらけで痩せ細り、血管が浮き出ている。


「なんだ。ずっと一緒にいれたじゃないか」


俺は満ち足りた気持ちのまま、意識が遠のいていった。



私は四月に雪が降ったことをよく思い出す。

夕陽が照らす中、満開の桜並木の下で、私があげた群青色のマフラーを巻いたジュンが目の前に立っている。

私たちはなにか喋っているのに、音声がなくて聞き取れない。

遠くに聳える山脈からひょっこりクジラみたいな宇宙船が覗く。


私たちはお互い口を閉じると、桜の花弁がいきなり散って、舞い上がった。

途端、ちらちらと雪が降る。

とても幻想的だった。

忘れることのできない大切な思い出。


ジュンは憶えているかな?


彼が地球からいなくなってしまう前に、訊いてみようと思う。


最後までお付き合い頂きありがとうございました。

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